《大阪府庁舎の変遷》
http://www.pref.osaka.lg.jp/yodo/choushashuuhennseibi/seibig010.html
二代目の府庁舎は、明治7年完成(大阪市西区江之子島)、造成寮(現財務省造幣局)のイギリス人技師が設計した、煉瓦造2階建・白亜の西洋館で、府民から「江之子島政府」として親しまれました。敷地面積7、653m2(約2、300坪)/延床面積2、059m2(約600坪)/総工費50、368円。三代目の府庁舎へ移転後(昭和4年)、「工業奨励館」として利用されましたが、昭和20年に戦災により焼失しました。現庁舎本館一階に、模型を展示しています。
《2012.7大阪府文化財センター調査報告書225集「大阪市・旧大阪府庁舎跡(仮称)阿波座駅前プロジェクトに伴う旧大阪府庁舎跡発掘調査」/編:大阪府文化財センター》
大阪市西区江之子島所在の2代目大阪府庁舎跡の調査報告書。調査では、明治5年起工、同7年竣工の中央棟の「石灰コンクリート」と切石による基礎、間知石による排水暗渠や、大正3年起工、同5年竣工の北・南翼のコンクリート基礎、煉瓦造の壁体、間仕切り壁、暖炉等を検出しました。出土品には、明治新築時使用の煉瓦(「阪府・授産所」「HANFU JUSANSIO」「YEGAWA」銘)、大正増改築時使用の煉瓦(岸和田煉瓦、大阪窯業、堺煉瓦、日本煉瓦等)、大正増築棟暖炉使用の耐火煉瓦(「MARUSAN」「BIZEN-INBE」「Mitsuishi」銘等)、明治・大正期の土管、大正~昭和戦前のタイル(淡陶・名古屋製陶・佐藤化粧耐火煉瓦工場等)、大正期のモルタル製柱頭飾り等、旧府庁舎の建築材料類を初め、最終的に昭和戦前に工業奨励館として使用された際の実験道具類等があります。今回の調査により、明治初期の本格的洋風建築および、大正初期の増築棟の基礎構造を明らかにできたことは、出土品も併せ、近現代考古学のみならず、近代建築史にも寄与するところ大です。
【阿波座ライズタワーズ・マーク20】/大阪市西区江之子島2-32-6
敷地面積:7、806.03m2/建築面積:1、127.49m2/延床面積:16、487.52m2
構造:鉄筋コンクリート造/高さ:59.48m/階数:地上20階、地下1階
工事着手:平成23年9月末日/竣工:平成25年8月14日
江之子島地区まちづくり事業は、「(仮称)西区阿波座駅前計画(1工区)」と「(仮称)西区阿波座駅前計画(2工区)」。2期に分けて建設されるようです。この敷地は、1874年から1926年まで初代の大阪府庁舎が置かれていた場所です。その後は旧:大阪府立産業技術総合研究所として使用されていました。敷地面積は17、024.22㎡(売却対象外1、866.50㎡含む)で、地下鉄阿波座駅に直結する立地です。大阪府は民間の持つ創造力と活力を導入した事業コンペによるまちづくりを進めるため、2007年3月23日に募集要項を公表しました。その後、説明会、資格審査等の手続きを経て、9月3日~7日にかけ、事業企画提案の申込みを受け付け、4グループから申し込みがあり、2007年12月に「長谷工コーポレーション」を中心とする企業グループに優先交渉権者が決定しました。
東側の「阿波座ライズタワーズ マーク20」が、2013年8月14日に竣工し、2013年9月下旬から入居開始しました。西側には、地上46階、地下1階、高さ160.620m、総戸数565戸の「(仮称)西区阿波座駅前計画(2工区)」が建設中です。正式名称は「阿波座ライズタワーズ フラッグ46(OMPタワー」となっています。竣工2016年1月予定、入居開始2016年4月予定。
◆【大阪府立江之子島文化芸術創造センター/enoco】◆
550-0006大阪市西区江之子島2-1-34/06-6441-8050
旧称★「大阪府工業奨励館」附属工業会館/建設年:1938年(昭和13年)
構造・規模:鉄筋コンクリート造4階建、地下1階/設計:大阪府営繕課/施工:大林組/改修設計・施工:長谷工コーポレーション
http://www.enokojima-art.jp/e/
2012年(平成24)オープンした新しい施設(enoco)ですが、建物は古い歴史をもつ近代建築です。
1938年(昭和13)に建てられたものを、コンバージョン(用途変換)しました。そしてenocoのある江之子島というエリアも、大阪の近代の歴史にとってとても重要な場所です。「江之子島」という町名の通り、かつてこの地は文字通りの島でした。水都大阪といわれるように、かつて大阪の中心部、特に西区には、何本もの堀川が流れていました。江之子島は木津川と百間堀川とに挟まれた、中之島を小さくしたような中洲だったのです。木津川は現在もそのままですが、戦後になって東側に流れていた百間堀川が埋め立てられ、島でなくなりました。
1874年(明治7)初の本格的な大阪府庁舎がこの江之子島に建てられました。enocoのすぐ北側です。西洋の古典様式に倣った重厚な建築は、「江之子島政府」と呼ばれて名所となりました。大阪市庁舎も、最初は江之子島に設けられました。この地は、かつて大阪の行政の中心地だったのです。そして木津川の対岸には、外国人の暮らす川口居留地がありました。洋館が建ち並ぶモダンな街は、新しい文化の発信地となりました。
1926年(大正15)大手前に新しい大阪府庁舎が完成して行政機能は移転し、空き家となった江之子島の建築には、大阪府工業奨励館が設けられました。最新の工作機械や実験機器が揃えられ、大阪の中小企業の工業の近代化に貢献しました。
1938年(昭和13)工業奨励館の附属棟として建てられた工業会館が、enocoです。残念ながら、元の府庁舎は戦争の空襲で焼失してしまいました。残ったこの増築棟は、大阪における数少ない戦前期のモダニズム建築として、貴重な存在です。
【大阪府工業奨励館】現:大阪府立産業技術総合研究所
594-1157和泉市あゆみ野2-7-1/0725-51-2525
http://tri-osaka.jp/index.html
1929年(昭和4)4月、大阪府の工業の振興と発展のため、「大阪府工業奨励館」を大阪市西区江之子島の旧大阪府庁舎跡に創設。
1934年(昭和9)「繊維系」泉大津分館設置
1939年(昭和14)「工業系」堺分館設置
1942年(昭和17)4月、泉大津分館を独立させ、大阪繊維工業指導所を創設。
「工業系」東大阪分館設置(昭和39年)皮革試験所設置(昭和47年)
「繊維系」泉佐野分館設置(昭和31年)堺分所設置(昭和35年)大阪分所設置(昭和37年)
1973年(昭和48)4月、大阪府立工業技術研究所及び大阪府立繊維技術研究所に名称変更。
1987年(昭和62)11月、両研究所を再編し、大阪府立産業技術総合研究所に名称変更(3本所、2技術センター、1試験所)。同時にデザイン関係部門は、「大阪府立産業デザイン研究センター」に移管。
1996年(平成8)4月、大阪、東大阪、泉大津の3本所と堺技術センターをトリヴェール和泉(和泉市あゆみ野)の地に統合し、新築移転。同時に組織改正を行い、研究室制を廃してグループ制を敷き、7部、1技術センター、1試験所とする。
2004年(平成16)4月、専門部の組織改正を行い、グループを中規模組織の10専門系からなる3部1試験所とする。
2008年(平成20)3月、泉佐野技術センターを廃止し、その業務を本所に移管。
2012年(平成24)4月、地方独立行政法人に移行。
《東大阪市立産業技術支援センター》
577-0065東大阪市高井田中1-5-3/06-6785-3325