三ケ月連続で大阪城(3) | すくらんぶるアートヴィレッジ

すくらんぶるアートヴィレッジ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

・・・最後の「櫓」です。


いち1


一番櫓(いちばんやぐら)

二の丸南面の隅櫓のうち、東から数えて一番目にあるのでこう呼ばれた。玉造口方面を守る隅櫓のひとつで、玉造口に攻め寄せる敵を側面から迎え撃つ位置にある。1階は東西(梁間)6間、南北(桁行)7間、2階は東西4.5間、南北5.5間である。六番櫓よりわずかに小さいが濠側に石落としを設け、石狭間、腰狭間を多数備え、一時に多くの射撃ができる仕組みになっていた。創建は寛永5年(1628年)であるが、万治3年(1660年)、寛文8年(1668年)、天保3年(1832年)の3度に及ぶ修理が行われている。昭和38年(1963年)から昭和40年(1965年)まで行われた解体修理の際、床下の栗石の間から、小袖や羽織、角帯などを一包にしたものが2点見つかっている。資料の検討から、幕末から明治にかけての職人のものと考えられているが、なぜ床下の栗石の間に入れられていたかは定かではない。


いち2


・・・これで4箇所の「櫓」「金蔵」を見学しましたが、近代的な整備された天守閣しか観たことがなかったので、素朴でどっしりした櫓の「ありのまま」の姿に感動しました。


いち3


豊國神社 http://www.apsara.ne.jp/houkoku/keidai.htm

540-0002大阪市中央区大阪城2-106-6941-0229

秀石庭本庭園は京都林泉協会の創立四十周年記念事業の一つとして、会長重森三玲氏の設計並びに作庭指導のもとに完成し、昭和四十七年十二月三日豊國神社に奉納された庭園である。本庭園の名命は豊臣秀吉公の‘秀’と石山の地名の‘石’とを取ったもので、同時に巨石秀吉の豪健な庭園の意味を含めたものである。本庭園は、大阪の発展は海に面したことが原動力であるを以て、一木一草を用いない海洋表現をテーマとし、この大阪城の地は元「石山」と称していたので、石山をテーマとしている。神社の庭園の発祥が磐座・磐境にあって石を神格化する本来の意味も含め、秀吉公のゆかりの千成瓢箪の形を地割模様とし、巨石を組み合わせ以て日本庭園の伝統の中に著名な蓬莱山石組を以て石山が表現されている。一段高い石舞台にも瓢箪地紋を用いて、鑑賞の場となっている。尚、本庭園に使用された巨石は、阿波産の緑泥片岩である。

以楽公園「秋」の一時開放のお知らせ

http://www.city.hirakata.osaka.jp/soshiki/kouen/irakukouen-aki.html

平成26年11月13日(木曜日)から11月27日(木曜日)まで

以楽公園の庭園は、京都の東福寺(方丈庭園)や光明院(波心庭)を手がけた昭和を代表する作庭家、重森三玲の作庭による池泉回遊式の日本庭園です。1998年に整備が行われ、毎年「春」の桜の開花時期と「秋」の紅葉期間に一時開放の期間を設けておりますので、是非この機会に庭園の美しさに触れてみてはいかがでしょうか?


・・・「以楽公園」にも行く予定なので、また報告します。お楽しみに。


いち4


・・・せっかくなので、「府庁」に寄ってから帰ることにします。


◆大阪府庁「現代美術の回廊ココア[COCOA]

http://www.enokojima-art.jp/collection/cocoa.html

2005年度よりコレクションを鑑賞していただけるよう、大正時代期に建てられた歴史的建造物でもある大阪府庁舎の本館1階から3階のフロアに「現代美術の回廊─ココア[COCOA]The Corridor of Contemporary Art」を設置しています。


いち5


・・・作品を見るのも目的でしたが、どちらかと言うと「工事」の進捗状況を確認しておきたかったのです。また、警備員さんと雑談していると【南門の方のアンモナイト】のことが話題になりましたので、これも確認に行きました。5個程度はすぐに見つかりますので、みなさんも、探してみてくださいね。