・・・それにしても、特別公開された「塔頭」のお庭の素晴らしさは、秋ということもあり「ためいき」ものです。ただ、ほとんど「撮影禁止」なのがとても残念でなりません。なんとかなりませんか?
★大徳寺「興臨院」秋の特別公開
大永年間(1521年~1528年)に、能登国の戦国大名・畠山義総が大徳寺86世の小渓紹ふ(仏智大通禅師)を開山として建立、以来畠山家菩提寺となる。創建年次については天文2年(1533年)ともいう。その後、畠山家が没落するが天正14年(1586年)に加賀百万石の基礎を築いた戦国大名・前田利家により改修が行われ、前田家の菩提寺となり庇護される。
●勅使門(重要文化財)/山門前にある、前後唐破風、左右切妻、屋根桧皮葺の四脚門、後水尾天皇より拝領したと伝えられる。平成12年、屋根等修復。
●三門(重要文化財)/応仁の乱後、一休禅師の参徒連歌師宗長等が一階部分を寄進、のち千利休居士により二階部分が設けられ金毛閣と名づけられた。山門とは、龍宝山の門、三門とは、三解脱門(空門・無相門・無作門)のこと。一端、山門をくぐり境内に入る者は、金毛の獅子となって下化衆生せんことを。
●仏殿(重要文化財)/当山第一世大現国師により創建せらるるも応仁の乱にて消失、一休和尚等によって再建されるも、寛文5年(1665)那波常有によって改めて建造。
●法堂(重要文化財)/正中2年(1325)夏、宗印禅者を檀越として修造を始める。これまた応仁の兵乱によって消失。一休和尚、仏殿を再建されて後、仏殿と兼用であった。寛永13年(1636)、開山国師三百年遠諱に当たり、江月和尚の参徒、小田原城主稲葉丹後守正勝、正則父子により現在地に再建。天井の龍は、狩野探幽35歳の筆による。
●唐門(国宝)/今は方丈前庭にあるが、明治の中頃まで勅使門の西にあった。聚楽第の遺構と伝えられる。聚楽第とは、秀吉が京都に造営した御殿で、後陽成天皇の行幸を仰ぎ天下にその威力を示した。のち関白を養子秀次にゆずり、秀次の居宅になった。のち秀次に謀反の罪をきせ断罪、聚楽第を破却した。その時、破却をまぬがれたと伝えられる。一名、日ぐらしの門。
・・・そろそろ帰らねばなりません。「京都駅」へ。
◆京都駅ビル
京都駅の駅舎のうち、JR西日本の烏丸中央口側のものを「京都駅ビル」と呼ぶ。地上16階、地下3階 (高さ60m)、敷地面積38,000m²、延床面積は238,000m²、東西の長さは470mにのぼり、鉄道駅の駅舎としては日本有数の規模である。1997年に完成し、新しい京都市の顔となりつつある。現在の駅舎は4代目に当たる。1915年、大正天皇の御大典に併せて古典様式の2代目駅舎が渡辺節の設計により建築されたが、1950年失火により焼失、その後1952年に鉄筋コンクリート造の近代的な3代目駅舎が竣工した。しかし、駅が発展するとともに増築に次ぐ増築を重ねたため、地下街を含む商店街や連絡通路などを含めると構内の構造は複雑化し、不便なものになっていた。また駅舎本体にも老朽化に伴う種々の問題が生じて来た。そこで、抜本的対策として駅ビルの新築が計画された。これは1994年の平安遷都1200年記念事業の一環でもあった。なお、ホーム南側(八条口側)にはJR東海の駅舎があるが、これは新幹線開通時に建設されたもので近鉄・新幹線のホーム下にあり、規模は小さく、新しい京都駅ビル建設の際も南北自由通路の設置やJR線と近鉄線の改札を完全分離化したこと以外は大きな変更はなかった。京都駅ビル(JR西日本)は、日本の鉄道駅舎としては異例の国際指名コンペ方式で行われ、新駅ビル設計者には原広司、安藤忠雄、池原義郎、黒川紀章、ジェームス・スターリング、ベルナール・チュミ、ペーター・ブスマンの7名の複数の建築家が指名された。設計審査の結果、先ず原広司案、安藤案、スターリング案の3案に絞り込まれ、さらなる協議を経て、原広司案が最終案として採用された。京都駅周辺は高さ120mまでの建築物が建築可能となる特例措置が設けられているが、高さ制限の緩和は古都の景観を損なうものとして反対意見も根強かったため、建物の巨大さ、高さに起因する圧迫感を回避し、いかに周辺環境との調和を図るかが作品の評価のポイントとなった。採用された原広司案は、最大高さを60mに抑えた上で、南北方向の道路に合わせて建物を分割して視線を通すなど、圧迫感を回避するような配慮が随所に見られる。
京都駅ビルは、東側にホテルグランヴィア京都、西側に百貨店のジェイアール京都伊勢丹が位置する。その間の中央コンコースは、4000枚のガラスを使用した正面と大屋根で覆う広々とした吹き抜け(横幅147m、奥行29m、高さ50m)になっている。吹き抜けの最上部には地上45mの空中径路が通っている。中央コンコースの巨大な吹き抜け空間は、映画『ガメラ3 邪神覚醒』ではガメラとイリスの決戦の舞台とされた。吹き抜けから東西へは渓谷状の階段が設けられている。伊勢丹側の大階段は段数171段、高低差は11階建てビルに相当する35m、全長は70mある。大階段はコンサートや、毎年2月の「JR京都駅ビル大階段駆け上がり大会」(主催:KBS京都)などイベント会場としても利用されるほか、カップルや観光客の憩いの場ともなっている。また、非常時の避難経路となることも想定されている。京都駅ビルの延床面積238,000m2の内訳は、駅施設が約12,000m2、ホテルグランヴィア京都が約70,000m2、百貨店などの商業施設が約88,000m2、「美術館・えきKYOTO」などの文化施設が約11,000m2、駐車場が約37,000m2、行政関係施設などが約38,000m2、となっている。他都市の大規模な駅ビルの場合、面積のかなりの部分を企業向けの賃貸オフィスに割いていることが多いのに対して、京都駅ビルはそうした部分をほとんど持たない。その後、嵯峨野線ホーム亀岡寄り側付近は京都駅NKビルが増築され、新しく改札口(西洞院口)を設けた。この改札口は、同ビルに出店した家電量販店ビックカメラ京都店の内部に取り込まれている。
・・・「京都」を惜しんで、
◆【美術館「えき」KYOTO】◆
600-8555京都市下京区烏丸通塩小路下ル東塩小路町/
JR京都駅ビル内、ジェイアール京都伊勢丹・7階と大階段に隣接したフロアにある企画展専門の美術館。その時期に合わせた文化性、話題性のある展覧会を、キルトやビーズなどの工芸から絵本の原画、写真、西洋絵画や日本画まで、幅広いジャンルで随時企画・開催しています。
●奇想天外・浮世絵師「歌川国芳の世界」
前期:10月24日(金)~11月7日(金)後期:11月8日(土)~24日(月・振替休日)
幕末期に活躍した浮世絵師・歌川国芳(1797―1861)は、江戸を代表する絵師の中でも型破りな表現で異彩を放っています。画面いっぱいに巨大な鯨や骸骨が登場するダイナミックな作品、人が集まって顔を形づくった寄せ絵、擬人化された猫や金魚の絵など、斬新な発想力とユーモア溢れる作画から、「奇想天外な劇画家」とも呼ばれ高い人気を博しています。本展では、前期・後期それぞれ155点を展覧し、うち25点の作品の入れ替えを行います。武者絵をはじめ戯画、美人画、風景画、現存数の少ない肉筆画など代表作をご紹介。魅力あふれる歌川国芳の世界をお楽しみください。
・・・これで、悔いなく「大阪」へ帰れます。




