茨木市おそるべ市(11) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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元茨木川の樋跡と橋跡



かわ1


安威川・茨木川合流の碑

茨木川は本市北部の山地部分から中央部を安威川と並行して貫流し、三宅村で合流していました。昔は川幅が甚だしく狭いうえ天井川で、しかも堤防の上質が軟弱なため一度洪水にあうと破堤崩壊して、たびたび濁流はんらんの災害を起こしてきました。昭和に入って同十年の水害の折、沿川の茨木町長・西田善次氏、玉櫛村長・高島信蔵氏、玉島村長・岡田杢之助氏、三島村長・谷山台三氏、春日村長・川村英太良氏、三宅村長・田畑新吾氏が連署して政府および大阪府知事・安井英二氏にその実情を訴え、速やかに河川の改修事業を実施するよう陳情書を提出されました。当時の府議会議長・磯村彌右衛門氏等関係者の協力を得て、町村民の結集した努力の結果、昭和16年茨木川は田中町地先で安威川に合流され、現在の姿になりました。合流点以南の区間は、昭和24年廃川となり、現在は元茨木川緑地として整備されております。昔からたびたび洪水に悩み、懸命に対応してきた先人の賢明さと粘り強さを知り、洪水に対する先人たちの労苦に感謝し、その功績を顕彰し、また後世に引き継いでいくため、ここに合流由来碑を建立します。昭和60年3月吉日茨木市長重冨敏之之書

北から順に、1)安威川・茨木川合流の碑、2)田中橋跡、3)佐介樋跡、4)丹波橋跡、5)六軒町橋跡



かわ2


6)寺の上の樋跡、7)寺町橋跡、8)柳の樋跡、9)宮田の樋跡、10)新庄橋跡、11)水尾池樋跡、12)あやめ橋跡


かわ3


13)真砂水路樋跡、14)沢良宜東池樋跡、15)沢良宜東ひく橋跡、16)沢良宜東高跡、17)船頭の樋跡、18)沢良宜橋跡、19)小宮橋跡、20)高浜橋跡、21)新高浜橋跡。


かわ4


●元茨木川緑地

元茨木川は廃川となり一時はゴミ捨て場のような醜い環境になっていました。それが今ではこんなに緑豊かな美しい緑地として生まれ変わりました。ケヤキ、サクラ、クス、カシ―等の緑は毎日私達にやすらぎと新鮮な空気を提供してくれています。元茨木川は高橋(市民会館前)の交差点で北側を「川端通り」、南側を「桜通り」とよばれる。新庄橋より南は沢良宜橋以外は全て道路の東側にあります


かわ5


SL広場茨木市沢良宜東町5-39

南地区公民館に隣接する広場には、日本の蒸気機関車(SL)の代表であるD51(デゴイチ)型SLが展示されています。デゴイチは昭和11年に1号機(D511)が誕生して以来10年間に1115両という日本のSLとしては一型式で最大の車両数が造られました。その性能は優秀で長い間全国各地を走りまわりました。ここに展示されているのは昭和14年3月28日製造のD51158号機です。遠く青森、亀山、紀伊田辺、米子、浜田の区域で活躍したのち昭和49年11月7日廃車となりました。その走行距離は182万8339km(地球46周)に及びました。不定期に開催している「蒸気機関車見学会」(広報誌に掲載されている)以外は、常時開放しておらず、案内の人もおられません。パンフレットは公民館のロビーに置いてあります。


・・・むむむ、茨木市にはSLまであるとは、おそるべ市。