・・・慶長17年(1612年)4月13日、宮本武蔵と佐々木小次郎による船島(向島)での決闘、俗に言う巌流島の決闘「待ちかねたぞ、武蔵」。実は・・・
★特別陳列「久保惣コレクション名品撰~美術館の国宝・重文~」★
4月8日(火)~5月25日(日)
※前期~4月27日(日)・後期4月29日~5月25日
久保惣コレクションの中から、国宝、重要文化財を中心に、日本と中国の書画、工芸品など名品約40点を前期、後期に分けて展示します。本館の新展示室では、平成20年度以降に当館が新規購入した西洋の版画の中から、ゴヤ、ピカソ、藤田嗣治など、19~20世紀のエッチングやリトグラフを陳列します。新館で常時展示するモネやルノワールなど、同時代の油彩画とあわせてご覧ください。
※後期展示(重文)「枯木鳴鵙図」宮本武蔵筆/江戸時代
・・・そうなんです。武蔵は後期展示なので、まさしく「待ちかねたぞ、武蔵」だったのです。
宮本武蔵は天正12年(1584)、播磨国(兵庫県)に生まれました。13歳で新当流の有馬喜兵衛に打勝って以来、28、9歳までの間に60余度の勝負をして一度も敗れなっかったといいます。その後さらに、剣理を追及して兵法の深奥を極め、ニ天一流を創始しました。
・・・年老いた母には「茶室」を見せてやりたくて、再度やって来ました。前回は雨天で「茶室」を見ることができなかったのです。
・・・何度も来てみるものです。これまで気付かなかった様々な工夫や意匠、景色を発見することができました。
◆【久保惣記念美術館】◆
594-1156和泉市内田町三丁目6番12号/0725-54-0001
本館庭園内にある惣庵(非公開)と聴泉亭は、昭和12年、二代目久保惣太郎氏が、表千家不審庵、残月亭を写して建てた茶室です。本館と同時に和泉市に寄贈されました。平成18年、国の登録有形文化財建造物に選ばれました。
●楠陰庵
正門の前に架かる太鼓橋の袂に位置する。桁行1間半、梁間2間半規模の木造平屋建で、貴人口を設けた3畳半の小間と2畳の水屋ノ間からなる。桟瓦葺、切妻造で、西面妻側を落ち棟とし、さらに銅板葺の土庇を出し、変化に富んだ屋根で敷地の景観を整える。
●聴泉亭
敷地の中央西寄りに位置する。桁行3間、梁間7間規模の木造平屋建で、切妻造、桟瓦葺とし、東面妻側に銅板葺の庇を付ける。10畳の座敷には、床の間として用いる2畳の上段や、付書院を設ける。寸法や各柱の材料等、表千家残月亭を写す。
●惣庵
桁行2間、梁間3間規模の木造平屋建で、切妻造、桟瓦葺とし、銅板葺の庇が付く。3畳台目の小間と聴泉亭の北側に繋がる水屋からなる。東側の躙口正面に床と給仕口を設け、点前座の奥に茶道口を開く。化粧屋根裏の突上窓等、表千家不審庵を写す。
●残月亭
表千家不審庵、残月亭を写して建てた茶室です。二畳上段十畳敷き。付け書院、平書院を設け、赤松の床柱、杉磨き丸太の床框。貴人を迎える茶席として構想されている。上段の2畳は枡床で、残月床とも呼ばれるが、その由来は、豊臣秀吉が、上段の間に座り突き上げ窓から明け方の月を見たという由来がある。
・・・さあ、武蔵に会いに行きます。
・・・GWの混雑とは無縁で、ゆったりとした時間を過ごすことのできるミュージアムです。