東高野街道(16) | すくらんぶるアートヴィレッジ

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東高野街道(16)


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信貴山「のどか村」を出たところに道標がありました。さて、どの道で帰ろうかと迷っていましたら・・・


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雁多尾畑に「竜田古道の里山公園」があるらしいとの情報をもらいましたので・・・


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竜田古道の里山公園柏原市大字雁多尾畑652-7

竜田古道の里山公園は、平成23年4月にオープンしました。長い年月をかけ、市民の皆様に桜、梅、桃、花水木など、1000本以上の花木の植樹をしたり、ボランティアの方々の草刈や水やりなどの協力を得て柏原の名所となりました。


・・・特に史跡ということではなく、見晴らしの良い公園でした。その昔、大阪から奈良へはもっと平坦な大和川沿いの道を利用すればよかったのにと思いますが、「亀の瀬の地すべり」などがあって、信貴山越えの道が主流であったのかもしれません。ということで・・・


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一気に「大和川」まで降りてきました。


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■「亀の瀬地すべり

柏原市峠地区の大半と雁多尾畑地区の一部(トメショ山から清水谷地区あたり)では古くからたびたび地すべりが起こっていました。明治以前に関しては記録は残っていないものの過去の調査から4万年前より以前からあったと考えられています。明治以降では主に1903年(明治36年)、1931・1932年(昭和6・7年)、1967年(昭和42年)に発生しています。

当地の地質は、二上山周辺一帯に分布する二上層群の一部であり、昭和6・7年の大規模地すべりを契機に初めて本格的な調査が行われました。昭和50年代以降のボーリング、トンネル調査坑等により地すべり機構は概ね解明されています。度重なる火山活動と地殻変動により堆積された地層において、第三紀鮮新世に堆積したドロコロ熔岩層など水を通しにくい粘土質層とその下層にある第三紀中新世に堆積したレキ・火山灰層といった水を通しやすい層の間にすべり面が形成されました。正確にはすべり面上部は安山岩・花崗岩細礫を含んだ暗灰色粘土層、下部は黒雲母等の火山灰を含んだ砂質粘土層ですべり面深度は地表から約30~80mで。上部粘土層の含水量が多くなって軟弱化することが地すべりの主要因と考えられています

現在、地すべりを起こした斜面の崩落を防ぐために対策事業を行っています。1959年(昭和34年)10月に地すべり防止区域に指定され、さらには1962年(昭和37年)に直轄施工区域に指定され、直轄工事が開始されました。ひとたび地すべりが発生すると川がせき止められ、二次災害に繋がりかねないため、国土交通省近畿地方整備局 大和川河川事務所の管轄のもと、大規模な対策事業と監視活動がおこなわれているのです


・・・人と自然との闘いは、大昔から続いているんですね。


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「亀の瀬橋」そして「弁天橋」もありました。そして・・・JR関西本線です。崩落事故で埋没していた「亀の瀬トンネル」が発見されています。・・・見てみたいなあ。