くすっ(32) | すくらんぶるアートヴィレッジ

すくらんぶるアートヴィレッジ

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●

人が見たら蛙に化れ(2)


■「いまなぜ青山二郎なのか」著:白洲正子

私がこの連載に「いまなぜ青山二郎なのか」なんていういささか陳腐な題をつけたのは、「いま」だけの問題じゃなく、いつの時代になっても「いまなぜ青山二郎なのか」と問い直さなければならないものが、ジィちゃんの中にあると信じていたからなんです。

ジィちゃんが自分で「俺は日本の文化を生きているんだ」と言っているみたいに、青山二郎を日本の文化と言う言葉におきかえてもいい。ただここで一応陶器が中心になっているのは、物を見る訓練をするためには、確かな手応えのある存在を必要としたからなんです。それは美術品の目利きであるとか無いとかとは何の関係もないの。別の言い方をしちゃえば、陶器を知ることによって、日本の文化に開眼したというわけ。しかも単に開眼しただけなんじゃなくて、その世界を身を持って生きようとしたところに、ジィちゃんの幸福及び不幸があったという意味なの。


すくらんぶるアートヴィレッジ(略称:SAV)-めきき1


■白釉黒花梅瓶

青山二郎を虜にした宋時代の梅瓶。他人の手に渡ることを惜しんだ青山のために、小説家・横山利一が購入し、手元に大切に秘蔵した逸品。青山はこの梅瓶を評して「これさえあれば電話ボックスの中で暮らしてもかまわない」と語り、「自働電話函」と銘を付けていた。


すくらんぶるアートヴィレッジ(略称:SAV)-めきき2


■本阿弥光悦作「山月蒔絵文庫」

織部に惹かれた青山二郎は、淋派にも向かう。とくに、桃山から江戸時代にかけて、その斬新なデザインで一世を風靡した本阿弥光悦の作品は、青山の心を強くとらえた。蒔絵文庫は、青山二郎が昭和三十八年頃入手した光悦作品。蓋の表には、大きな満月が山の稜線にかかる鷹ケ峰図。静かな峰の月夜である。蓋を裏返せば一転して、鷹ケ峰の麓であろう、三本の杉の幹がすくっと上に伸び、たたずむ鹿は今にも動き出しそうだ。箱の内底には槍梅、側面の周囲には蓮の花。図柄の構成の大胆さや、鉛や螺鈿を配した素材あしらいの巧みさは、光悦ならでは。青山二郎は亡くなるまでこれを大切に手元に置いていた。(『天才青山二郎の眼力』より)


すくらんぶるアートヴィレッジ(略称:SAV)-めきき3


2006年9月1日(金)~2006年12月17日(日)

MIHO MUSEUM「特別展:青山二郎の眼」

カタログの外箱には、本阿弥光悦の大きな満月が山の稜線にかかる山月蒔絵文庫の鷹ヶ峰図が使われています。箱の中央には、青山二郎の正方形の落款があしらわれた瀟洒なもの。さらに・・・厚さ2.5センチほどのケースの内側は、表のつや消しと違って、漆を思わせる漆黒に蒔絵文庫の蓋裏に描かれている図柄、三本の杉の幹のもとに佇む鹿が、片面には底面の見込に描かれている槍梅があしらわれた凝ったものです。うっかりすると気付かない控えめな演出です。青山が生涯手許に愛蔵したという山月蒔絵文庫の図柄を、こういう形で使われた展覧会を企画された方の深い思い入れが伝わってきます。400冊を超す装幀も行った青山二郎に相応しいカタログです。


・・・ということで、もちろんオークションでゲットしました。まもなく届く予定です。楽しみだなあ。


「陶器に就いてこれまで書いたことがないのは、私の見た眼と言ふか、感じ方と言ふか、私の考へが一度も固定してゐた事がないからである」


「見るとは、見ることに堪えることである」


「美は見、魂は聞き、不徳は語る」


「眼に見える言葉が書ならば、手に抱ける言葉が茶碗なのである」


すくらんぶるアートヴィレッジ(略称:SAV)-むらた


■人が見たら蛙に化れ/著:村田喜代子

骨董を題材にした小説(朝日新聞社)。自分だけのお宝は、決して他人には知られたくないものだ。そんな人間の占有欲を見事に言い表したタイトルである。骨董とは美か、ゲテモノか、はたまた妖怪か?古物に魅せられた3組の男女が幻のお宝を追って、九州の山里から萩、ロンドン、フィレンツェへとさすらいの旅に出た。盗掘や贋作など、なんでもアリの骨董世界に生きる人間たちの泣き笑いを、切なくおかしく描く長編小説。『朝日新聞』連載を単行本化にあたり加筆訂正。


●村田喜代子

1945年福岡県生まれ。1985年、自身のタイプ印刷による個人誌「発表」を創刊。87年『渦の中』で芥川賞、90年『白い山』で女流文学賞、92年『真夜中の自転車』で平林たい子賞、97年『蟹女』で紫式部文学賞、98年『望潮』で川端康成文学賞、99年『龍秘御天歌』で芸術選奨文部大臣賞を受賞。


すくらんぶるアートヴィレッジ(略称:SAV)-むかし1


「人が見たら蛙に化れ」は、もとは民話から来ているようで2つのタイプがあります。


■一つは、嫁にぼた餅を食べさせたくない姑の話で、岩手の遠野地方に伝わる民話。欲深な婆さんが、大事なぼた餅にまじないをかける。「嫁が見たらビッキになれ」嫁が物陰で聞いて、ぼた餅を食べ、カラの重箱に蛙を入れておいた。遠野地方の方言で、ビッキとは蛙のこと。他人に譲りたくないために蛙に化けさせておきたいという意味。狂言の「附子(ぶす/ぶし)」や一休とんち話の原形になっています。


すくらんぶるアートヴィレッジ(略称:SAV)-むかし2


■もう一つの話では、兄が遊び好きで金を遣い、弟は働き者で金をため、かめの中に入れ「兄が見たら蛙になれ、わしが見たら金になれ」といってためている。それを兄が見つけて金を奪って大騒ぎになるというものです。


■漫才作家・秋田實さんの自伝より

秋田さんは明治38年大阪生まれ。職工の父親がお金を引き出しにしまう際に、必ず「人が見たら蛙になれ」と唱えたという。明治期の大阪人にはお金が、蛙に化かしておきたいくらい大事なものだったのです。