スタードーム(36)
不思議な建物・・・
■鹿児島県・輝北天球館
鹿屋市輝北町市成の輝北うわば公園内に所在する市立の天文台。鹿屋市に合併する前の旧輝北町が、環境庁(当時)の星空継続観察で四季連続日本一となったことを記念して、1995年(平成7年)8月10日にオープンさせた。鉄筋コンクリート四階建て延べ床面積430平方メートルの建物に、鹿児島県で最大の65センチカセグレン式反射望遠鏡を備えている。総工費は約5億6000万円。館自体が、標高約550メートルの高地に設置されている。建物は、鹿児島市在住の建築家、高崎正治が設計したもので、ラグビーボールのような形をした空間が脇へ飛び出した特徴的な外観をしている。高崎はこの館の設計が決め手となって、1996年度の日本建築家協会新人賞を受賞している。
●髙﨑 正治(1953年 - )
鹿児島県出身の建築家、京都造形芸術大学教授、王立英国建築家協会名誉フェロー。1976年名城大学理工学部を卒業後に渡欧し、建築家グループアーキグラムのメンバーの一人ピーター・クック教授に師事。シュツットガルト大学教授、グラーツ工科大学教授と恊働。1982年にTAKASAKI物人研究所を設立、1990年に髙﨑正治都市建築設計事務所を設立している。「環境生命体の建築」を唱え、「物に人の心を宿す」をスピリットに人間精神の生命活動と自然随順を基調とする環境建築法で、天空と大地、心に響く、喜びの建築で知られる。新建築国際住宅設計競技の受賞作では審査員のピーター・クック教授に「これは最高の建築であり私を恐怖させる」と評される。2001年王立英国建築家協会名誉フェロー授与式典では「髙﨑氏の建築は広範な日本建築界ばかりでなく、世界の建築界で比類なき存在である」と紹介された。また、ニューヨークのプリンストン建築社より作品集「Takasaki Masaharu : An Architecture of Cosmology」が出版され、2002年には、アメリカCNN放送により,世界を代表する作家に選ばれ「Personal Space:髙﨑正治」という番組が制作され、衛星放送により世界中に放送されている。
■鹿児島県・上野原縄文の森展示館
野原遺跡は、鹿児島県霧島市上野原にある近世から縄文時代早期にかけての複合遺跡。遺跡の周辺は上野原縄文の森と呼ばれる公園として整備されている。1986年(昭和61年)に、国分市(現・霧島市)において工業団地(国分上野原テクノパーク)の造成中に発見された。同年から1996年(平成8年)にかけて鹿児島県教育委員会が発掘調査を行い、近世から縄文時代早期前葉までの遺跡群を含む複合遺跡であることがわかった。特に遺跡群の最下層には発見当時において日本列島で最古の大規模な定住集落跡があり、出土した土器が1998年(平成10年)に国の重要文化財に、遺跡の一部が1999年(平成11年)に国の史跡に指定された。「縄文文化は東日本で栄えて西日本では低調だった」という常識に疑問を呈する遺跡ともなった。
展示館の設計は、(株)佐藤総合計画。巾16m×高さ9mのドーム型の和紙光壁は、堀木エリ子さんの作品。特殊な立体和紙の製法で鉄骨を和紙に漉き込みながら制作している。人が手を触れる通路部分には和紙に樹脂を漉き込み強度を上げた。縄文時代の土器などの展示室のエントランスに配置され、竪穴式住居や地層をイメージして創られた。縄や木の皮を漉き込んで、日中の太陽光線の中ではレリーフ状の凹凸が強調される。夕方以降は内蔵された照明によって鉄骨や縄のダイナミックな陰影が浮かび上がる。
●堀木エリ子
(株)堀木エリ子&アソシエイツ代表取締役。「建築空間に生きる和紙造形の創造」をテーマに、2700×2100mmを基本サイズとしたオリジナル和紙を制作。和紙インテリアアートの企画・制作から施工までを手掛ける。そごう心斎橋本店(2005年)では、現代の「アールヌーボー(新芸術)」を意識して、最新の抄紙技術と1200年の歴史をもつ抄紙技術、及び現代の加工技術を組み合わせて、ダイナミックに表現している。