茶室考(21)
■愛媛県大洲市「臥龍山荘」
桂離宮、修学院離宮などを参考にして京都の名工や絵師を招き、長い年月と巨額の費用をかけて造られた。文禄年間に大洲城主藤堂高虎の重臣渡部勘兵衛によって初めて造られ、幕末まで藩主の優賞地となっていたにも関わらず荒れ果てていた庭園を、明治の貿易商河内寅次郎が情熱の全てを注ぎ、趣味の限りを尽くして蘇らせた風雅な山荘。河内氏が最も苦心し、構想だけで10年、工期に4年もの歳月をかけた「臥龍院」、「不老院」「知止庵」のそれぞれ素晴らしい3つの建物と、神戸の庭師が10年をかけて完成させた庭園は、冨士・梁瀬の山々と妙法寺河原という肱川河畔の中でも優れた景勝地を借景にし、優雅でありながら凛とした美しさを持っている。天井の高さや窓の位置、光と風の通り道、全てを計算して空間に深い意味を持たせ、作り手の心を感じさせる。
■臥龍院
●霞月の間 玄関を入って最初の部屋です。この部屋には珍しく二方向に床が設けられています。床に丸窓が開けられ、隣の仏間の灯明が浮かび上がるようになっており、この丸窓を月に見立て、床を横切る違い棚は雲霞に見立てられています。壁や襖は薄鼠色にしつらわれて、襖の引き手は蝙蝠の形になっており、部屋全体で薄暮を表現しています。廊下は仙台松の一枚板で作られていますが、板には均等に溝が引かれ、一見普通に何枚もの板を組み合わせて作ったように見えます。霞月の間と壱是の間の濡縁の間には板戸がはめられています。現在はガラスで保護されているのですが、芭蕉と薔薇の絵が描かれた板戸です。南国風味の芭蕉と洋風の薔薇というのは、純和風の空間に不思議なアクセントを与えています。
●清吹の間 霞月の間から仏間を隔てた場所に位置し、広い書院窓の上には神棚が設けられています。夏を涼やかにするために天井(屋久杉と竹で出来ています)は高く、欄間の透かし彫りも花筏、菊水など涼しげな題材が用いられています。花筏の欄間は書院窓の上部を飾っていますが、内側から障子紙が貼られ、ほのかに模様が浮かび上がる様子が幻想的です。
●壱是の間 臥龍院の中で最も格式の高い書院座敷で、随所に桂離宮の様式が取り入れられています。畳を上げれば能舞台としても使用できるようになっています。この部屋からは庭園をよく見渡すことが出来ます。壁の丸窓は桂離宮の様式を模したものです。
■不老庵
臥龍淵を足元に臨む懸崖作りの庵です。建物そのものを舟に見立て、網代張りの天井に川面の月光を映すという趣向となっています。生きた槇の木が使われ、この木を基準に不老庵は建てられました。この木は不老庵が建てられて以来朽ちもせず伸びもせず、建築当初と全く同じ様子で生えているそうです。
■知止庵
元は浴室であった建物を昭和24年に茶室に改造したものです。「知止庵」の名の由来は大洲藩ゆかりの陽明学者中江藤樹の教えによるものです。
●厠横の手水の下に・・・カエル。