柏紋
今回の東京行きで「恵比寿」に立ち寄ることはできなかったが、新幹線の中で雑誌を見ていると、エビスビールの広告があって、今まで気付かなかったことを発見した。それは、えびす様の紋である。
■柏紋
古代では柏の葉にご馳走を盛って神に捧げていた。これに由来して柏が「神聖な木」と見られるようになった。柏手を打つとは神意を呼び覚ますことをいう。柏は神社や神家と切手も切れない縁があるようだ。柏紋を最初に使ったのは、神社に仕えた神官だったようだ。公家でも神道を司った卜部氏が用いた。現在、柏を神紋としている神社は各県に一社はあるという。
■三つ蔓柏
柏はブナ科の落葉広葉樹で日本全土はもとより、朝鮮・中国に自生する。柏は春に若葉が出ると香りが高く、餅を包んで「柏餅」にします。柏は「堅(か)し葉(は)」から生まれた名で古代から堅くて広く葉肉も厚いので食物をのせるのに最適であった。「炊ぐ(かしぐ)」=炊事をすること・食膳を司る者を「膳夫(かしわで)」とよばれるのも柏に由来するといわれています。縄文時代から狭い幅の葉は「炊ぐ」為の用具となり、葉の広いものは炊いたものを盛る容器または巻いて食物をいれる道具とされてきました。柏紋はその変形のバリエーションの多さ(およそ100種程)において「梅・梅鉢」「葵」「桐」「片喰」などと肩を並べています。これは「柏」紋を用いている家が多いからで、見方をかえれば全国的に広まっている家紋であることを意味しています。現在でも宮中において大宴会の式典には古式のままカシワを食器として葉椀(くばて)・葉盤(ひらて)に用いている。それはひとり宮中ばかりでなく柏を用いて祭事を司った神社もかなりあります。筑前の宗像神社・瀬戸内の吉備津彦神社・尾張の熱田神社・西宮の恵比寿神社などです。宗像神社は海上守護の神で海人族の崇拝者は多く、神紋の三つ柏紋は海流のおもむくままに神社の氏子たちが航海によって日本海沿岸へ分布しました。陸上での分布に大きく影響をもったと思われるものに西宮の恵比寿神社の「福神えびす舞い」による普及がある。元来「エビス」という語は辺境の地の異種族に対する蔑称であったといわれていますが、転じて海浜に漂流・漂着したものにも呼称されました。ことにどこの漁村でも漂流死体を「流れ仏」とか「流れ人」といって、これを拾うと必ず漁があると村をあげて喜び鄭重に祀りました。不漁が続くと「流れ仏がいたのに見過ごしたに違いない」と祀られずに漂う予想の流れ仏への功徳の意味と豊魚を願って祭礼を行ったようです。海の幸という形での期待感が込められている祭礼です。事実漂流死体を追いかけてくる魚群が彼らの目当てなのです。ご神体は「鯛をかかえたエビスさま」です。西宮の恵比寿神社は「宣伝」に二人一組(一人が口上とお囃子、もう一人が人形を操る。この人形が「えびす神」で漁師の服装をして釣りの所作が基本形)の神人舞いがある。百太夫が芸能群を率いて諸国をめぐり「エビス講」のシステムを広めていった。恵比寿神社の神紋「三つ蔓柏」紋は恵比寿紋と呼ばれています。「柏紋」に付いては「あやかる」意味で神紋そのものを用いるのは畏れ多く若干の手直しをして家紋とした「護符」的な実感を伴っていたと思われます。「安心立命」につながるからです。
■恵比寿神社は、JR恵比寿駅西口近くの吉野家の先の道を右に折れると正面にあります。神社内の由緒書によると、元々は、大六天を奉る天津神社という神社だったのが、戦後の区画整理でこの場所に移された時に、恵比寿様も合祀して名前も恵比寿神社になったといいます。ちなみに、この大六天という神様は「他化自在天」ともよばれますが、他人の幸せを奪う法力を持つという一種のタタリ神。一方、恵比寿様は「ヱビス顔」でも知られる幸せの神様。正反対の神様を一緒にしてしまう強引さが面白いです。この恵比寿様は、イザナキとイザナミの神が2番目に生んだ子(ヒルコ)で、足が萎えていた為、捨てられてしまいます。後の人々がそれを哀れんで神として奉ったそうですが、あのヱビス顔の影に残酷な物語が潜んでいるのです。この恵比寿神社の勧進元の西宮神社は、正月に神社内を徒競走する「福男選び」で有名ですが、御足の悪い恵比寿様にこの神事を捧げるそうです。
恵比寿様が合祀されたのは、ここの地名が恵比寿と名づけられた事に由来しています。元々、この恵比寿という地名は、ヱビスビールからつけられたといいます。明治20年、日本麦酒醸造会社が設立され、この地に工場を建設。3年後にヱビスビールを発売。明治34年に恵比寿ビール専用出荷駅「恵比寿停車所(現在のJR山手線)」が開設され、後に周辺の地名も「恵比寿」となったそうです。この恵比寿様を象徴する神紋が神社の本堂の正面戸にも飾ってある「柏」の葉です。この柏の葉は、神様に食物を捧げる際の皿かわりとして神聖なものとされていました。そこから、伊勢神宮の久志本家、熱田神宮の千秋家、宗像大社の宗像家、吉田神道の卜部家等、古来、神道を守ってきた家の紋所となっています。勿論、柏は、ヱビスビールのラベルの恵比寿様の胸にも付いています。こちらは、3枚の柏の葉の間にツルが描かれていて、一般に「蔓柏」といわれています。この他、柏紋はいろんなバリエーションがあります。例えば、落語家の桂三枝師匠の紋所は「結び柏」、NHKの大河「功名が辻」で有名になった山内家は葉が細い「土佐柏」、真珠王で御木本幸吉は「三つ追い柏」です。
なななんと・・・今回の東京「有楽町であいましょう」のオチとして、ミキモトの柏紋という、不思議な出会いがあったのでした。