灰との出会い(11)
炭や灰を調べていて、気になることがあった。それは「おこげ」と「すす」である。炭や灰がこれだけ素晴らしいものなのに、「おこげ」はこれまでガンの原因のひとつとしてあげられてきた。ところが最近の研究結果で、もしかしたらこげは発ガン物質としての可能性が低いのではないかというレポートが2001年5月31日付の朝日新聞朝刊で紹介されていた。いろいろな薬などについて、ガンの原因となるような細胞の突然変異を調べる検査があり、これまではラットの細胞で調べていたが、ヒトの細胞を使って実験を行うとこれまでとは違った結果が出たという。
■魚などを焼いてできるこげは、タンパク質が変化してつくられるヘテロサイクリックアミン類とよばれる物質です。今回調べたこげの成分5種類のうち4種類は、これまでラットで調べていた突然変異の発生率よりも低くなったのです。トリプP2については変異率がほぼ0に近いなどの結果が出たそうです。また、ピーナッツなどに生えるカビからでるアフラトキシンB1は150分の1以下の突然変異発生率となりました。唯一、ニトロソアミンの一つであるニトロソジメチルアミンがラットで調べていたときよりも変異率が5.6倍も高くなりました。この後もいろいろな調査が続いて同じような結果ばかりがでるようになると、将来、もしかしたらこげは食べても大丈夫ということになるかもしれませんが、まだまだこげはよけて食べた方が安全なようです。
■トリプP2:動物が生きていくために欠かすことのできない、必須アミノ酸のひとつであるトリプトファンから生じる物質。遺伝子と結合して突然変異をおこすと考えられている。
■アフラトキシンB1:特に、ニワトリ、アヒル、ブタなど家畜に対する致死性、発ガン性が大きい有機化合物
■「おこげ」にもちゃんとした化学反応名があります。食品がキツネ色など茶色く変色することを「褐変反応」といいます。そしてその反応も「酵素的反応」と「非酵素的反応」に分けられます。さらに非酵素的反は、「カラメル化反応」と「メイラード反応」に分けられます。たとえばホットケーキのキツネ色やビールの色、せんべいの香りや色も、コーヒー豆の焙煎も実は非酵素的な褐変反応であるメイラード反応によるものなのです。メイラード反応は「アミノカルボニル反応」ともいい、主に食品に含まれるタンパク質やアミノ酸と糖が化学的に作用して褐色物質を作る反応です。たとえばホットケーキを焼く場合を考えてみましょう。材料には卵や牛乳、砂糖などつかいます。卵や牛乳にはアミノ酸が多く含まれ、生地を焼く過程でアミノ酸と糖が化学反応を起こし褐色物質を作るのです。もしも材料に砂糖を使わなかったら、キツネ色ではなく白いホットケーキができるのです。味は・・・ですけど。パンなどの場合も、小麦粉に含まれるタンパク質や糖質によって、同じような原理で色が付きます。色だけではなく、メイラード反応では香味成分の生成も起こります。焼き上がりのパンや焼き肉の香ばしさはまさにメイラード反応によるものなのです。私たちの身の回りにはメイラード反応による食品は多いのです。
■さらに、メイラード反応が進んでいくと「メラノイジン」という物質が生成されてきます。このメラノイジンは強力な抗酸化作用を持っているようです。さまざまな病気や老化とも関連があると言われている活性酸素を、メラノイジンなどの抗酸化物質は無毒化してくれるのです。ガンの抑制にもなっているとか。メイラード反応によって見た目も香りも良くなるからと言って、あまりにも加熱しすぎればご存じのように「焦げ」てしまいます。魚を真っ黒にしてしまったり、フライパンを焦がしてしまったり、いろんな経験があるとおもいます。焦げの中にはヘテロサイクリックアミン(HCA)といった発ガン性物質も含まれており、大量に食べることは好ましくないと言われています。ただその発ガン性物質の含有量も微量であり、さほど心配はいらないとも言われますが、それ以前に焦げの苦みがきつくて焦げた部分はあまり食べたくはありません。ちなみに、焼き魚に大根おろしというのは定番メニューですが、なんと大根おろしには発がん性物質を分解する酵素があるようです。こげたものを食べるときは大根おろしを添えるとよいでしょう。
スス(煤)は、有機物が不完全燃焼を起こして生じる、炭素の微粒子(黒色)、または、建築物の天井付近にたまる、きめの細かいホコリ(灰色)のこと。後者であっても、照明に油脂を燃料とする照明やロウソクを暖房に囲炉裏や暖炉を使った時代では前者が多く含まれていたし、現代でもこうした照明を宗教儀式に用いる仏教寺院やキリスト教会ではそうである。ここから、室内の汚れを象徴するものとして、ススが使われる例もあり、スス払いなどはこれにあたる。
炭素の単体としてのススは、実はその実体がよくわかっていない。炭素の単体としてはよく知られているものにダイヤモンドと黒鉛があり、最近ではこれにフラーレンが加わっている。ススは物質としては黒鉛に近いが薄膜状にならない。これは、炭素原子が互いに結合してゆく際に、フラーレンの様な構造に発達しかかって完全にその形になれず、不揃いの団粒状になったためとの説がある。
ススは自動車や工場の排気ガスにも含まれ、あらゆるものに降り注ぎ、時に洗濯物を汚したりと汚濁の原因となるので嫌われる。それ自身には毒性はない。しかし、他の有害物質を吸着することで、人体に与える影響が大きくなるとの説もある。
なお、書道で使われる墨はススを原料として作られる。小さな小屋の内部でロウソクや灯明を焚き、内部にたまったススを膠などで固めたものである。
なんと・・・蒸気機関車D51の煤で作られた墨があった。
古民家などの囲炉裏から出る煤が、天井などの竹にしみこんで美しい煤竹が生まれる。SAVのカマド上部にも竹天井を張りめぐらせてみようかと思う。