灰との出会い(4)
江戸時代、灰を商う「灰屋」という商売がありました。この灰屋とは、家々のいろりやかまどから灰を集めてこれを染物屋に売る商売で、この灰屋を生業として巨額の富を得た灰屋紹益は、井原西鶴の「好色一代男」の主人公、世之介のモデルだと言われています。染織の他にも、酒造りの時に殺菌のために灰を入れたり、山菜のアク抜きに使ったり、アクで手を洗ったり服を洗ったり、畑の肥料にしたりとか灰にはいろんな用途がありました。今はもう灰の製造元である竈自体がなくなったから、灰を手に入れるのがすごく大変です。灰屋は、今でいう「リサイクル業者」です。リサイクルとは、決して新しいものではなく、木を燃やし暖をとり、煮炊きし、そしてその灰を捨てることなく利用する。そんな昔ながらの人の暮らしの中では、当たり前のことだったのです。物質文明の発展による大量生産、大量消費の時代を経て、我々は改めて昔ながらの暮らしの大切さを再認識しなければならないのではないでしょうか。
■灰屋紹益
灰屋とは徳川時代藍染め用の商いで巨大な富を築き豪商佐野家の屋号、諸芸にも通じて貴族との交流もひろく六条柳町の遊女「吉野太夫」をめぐって後の関白、近衛信尋と争い太夫を正妻に迎える。時に紹益22歳、吉野26歳、父は本阿弥光悦。
■遺芳庵
高台寺に移建された遺芳庵(一畳大目・向切)は、わずか三十一歳で亡くなった妻・吉野を偲んで、京の町衆である佐野紹益が建てたものと伝えられています。茶室に色恋沙汰の軸は御法度とされているようですが、吉野太夫に関する限り例外のようで、茶道具にも「吉野棚」や「吉野間道」があります。佐野紹益も加わっていた松花堂昭乗たちのサロンが興隆した、寛永年間の華やかさが偲ばれる仕来りです。
■吉野間道 江戸初期の豪商灰屋紹益が夫人となる島原の名妓 吉野太夫に贈ったと伝えられる。太い縦縞と同配色の畝織の太い横縞で格子縞を構成している。
■吉野窓
■神代の昔から行われてきた醸造法~灰持酒と火持酒
平安時代すでに醸造されている御神酒で「白酒(しろき)」と「黒酒(くろき)」というお酒があります。伊勢神宮では現在でも年に三回、御酒殿祭(みさかどのさい)とよばれる神酒造りが行われており、出来上がった白酒・黒酒は神嘗祭(かんなめさい)などの重要な祭典の際に御神前へお供えされています。黒酒(くろき)とは、米麹に飯と水を入れて発酵させた後、草や木の灰を入れたお酒のことです。酒造の麹(こうじ)作りの、種麹に木灰を利用しています。原料となる蒸米に木灰を振りかけ、麹菌だけを増殖させ細菌の繁殖を抑えて、酒を日持ちさせるために灰を入れたのです。これを灰持酒(あくもちざけ)といいます。江戸時代になり、火を入れて殺菌し日持ちさせる技術が一般的になりました。これを火持酒(ひもちざけ)と呼びます。現在の清酒のほとんどは火持酒です。
■灰と農業
灰は、肥料の三要素である窒素・燐酸・カリのうちカリウムやカルシウムを多く含み、水に溶けると強いアルカリ性を持ち、酸性化した土壌を中和してくれる力と同時に肥料としても優秀です。また、強アルカリ性で殺菌力や制菌力を持ち、病害菌の制御や病害虫の予防にもなるため、昔から農業にも重宝されてきました。ニラ、ネギ、なすび、トマト、ラッキョウ、ニンジンなどに灰を与えると育ちが良く、品質も良くなります。ジャガイモや大和芋の種芋の切り口に灰を塗り、植え付けると、切り口を殺菌し、腐敗を防いでくれます。
■灰と繊維
灰汁の重要な役目として、紙・布や糸の「精練」があります。「精錬」とは、繊維に色を定着しやすくするためなどの下準備のことです。紙の原料を煮沸する時に、灰汁を加えて純粋な繊維を取り出すという製紙にも利用していました。今ではほとんどが、ソーダ灰などの化学薬品によって行われています。
繭から採ったばかりの絹糸には、セリシンという成分が付着していて、そのままでは、ゴワゴワしています。それを取って、絹特有のしなやかな糸にするために、”灰汁”の中で糸を煮る、「灰汁練り」という作業をしました。また、芭蕉、フジ、シナなどの草木からとる繊維も、糸にする前に、”灰汁”で煮ます。これによって、外皮や、木質部などの不純物を取り除き、きれいな繊維のみを取り出すのです。これらは、灰汁のもつ洗浄、漂白作用を利用したものです。
■灰と麺
ラーメン麺やちゃんぽん麺は本来、粉を練るときに灰汁を利用していました。今ではラーメン・ちゃんぽん麺などの中華麺の消費量が増え、大量生産するにはたくさんの灰汁が必要とされました。一方、燃料に草木を使わなくなった現代では、灰汁を採るために必要な灰が足りません。現在、ほとんどの麺は炭酸カリウムなどの食品添加物(かんすい)を使って練られてています。実はちゃんぽん麺の製麺には、孟宗竹の灰汁がすばらしく適しているのですが、そのことは余り知られていません。
沖縄そばは伝統的な沖縄料理です。麺が独特で、そばと呼ばれていますが、蕎麦(そば)粉は一切使わず、小麦粉を灰汁で練る中華麺の一種です。現在の大量生産では一般的にかんすいを使いますが、本来の灰汁を用いる自家製麺の店が健康志向や回帰思考が高まり、その影響もあってか人気が高く、現在店舗数が増える傾向にあります。
■灰と食品
適度な濃度の灰汁と塩の溶液に皮を剥いだ生エビを漬けておくと、煮込などで加熱したり天ぷらに使ったりしても海老の肉質が固くなったり縮むことを防げます。
コンニャク芋を摩り下ろし水と灰汁を入れ、よくこねる。またはミキサーでコンニャク芋に水を入れてすりおろす。さらに灰汁を入れて練り、それを団子状又は板状に整形し、水で煮る。これもあくまきと同じく、こんにゃく澱粉を灰汁が餅状に変化させるためです。こんにゃくづくりのコツは、こんにゃく芋と水と灰汁の配合量で決まります。現代のこんにゃくづくりでは灰汁の代わりに水酸化カルシウムが使われています。多種類のミネラルが入っている灰汁で作られたこんにゃくと、単体の水酸化カルシウムで作られたものとでは、風味が一味違うようです。
あくまき(灰汁巻き)は、薩摩藩で、戦いのときの保存食として作られたと言われています。もち米を一晩中灰汁の中につけて置き、あくる日、そのもち米を竹の皮で包み、お湯で煮るともち米が寒天状のきちきちとした食感に変わります。これはもち米の澱粉が灰汁の強アルカリにより餅状に変化したためで、黄粉や砂糖・醤油でいただくと、独特の風味があり美味です。あくまきづくりのコツは、灰汁の濃度ともち米の漬け具合です。また、竹の皮できつく巻くと硬くなり、ゆるく巻くとやわらかく煮あがります。巻き加減にもコツが必要です。あくまきはアルカリ性加工食品で腐敗しにくいのが特徴です。
■福井県/芦原温泉「灰屋」
芦原温泉「灰屋」屋号の由来、京都と言えば西陣織、「灰屋」はその色彩を染め上げるために使用された上質の灰を、創り続けていた当館の先祖にあやかって付けた館名です。
■その他の灰屋
・灰屋(はんや)は、畑の肥料となる灰を作るための土壁の小屋のこと。
・灰屋(はいや)は、その昔、藁やらウンコやらを発酵させて堆肥を作る小屋でした。そのために下半分は煉瓦積みです。
■灯油ランプのガラスの筒を「ホヤ」と呼びますが・・・火屋(ほや)と書きます。香炉や手あぶりなどの上を覆う蓋(ふた)。火舎とも書きます。その形が屋舎状であるところからの名で、香炉そのものの俗称としても用いられています。転じてヨーロッパ伝来のランプやガス灯などの、炎を覆うガラス製の筒をいうほか、方言として電球をいう場合もあり、近世には「火焚(た)き屋」の意から火葬場の異称としても用いられました。なお、ランプの火屋は煤(すす)がついて黒く汚れやすく、しばしば掃除をしなければならなかったが、筒の口が細いため、その仕事は手の小さな子供の役目でした。