歩く魚(2)
■のそりのそりと水底を進む魚、イザリウオ。魚らしくないその姿から、フロッグフィッシュの英名がある。胸ビレと腹ビレが特殊化して足のような機能を果たしている。結果的にのそりのそりと移動することになる。足のある魚というフレーズが似合いそうな種類だ。肉食性の彼らは、小魚などを捕食している。とはいえ、とても追いかけて襲いかかるのには、向いた体形ではない。結果的に待ち伏せして襲う方法を身につけた。獲物を飲み込むスピードは驚異的でもある。そして頭上に備えた釣竿と疑似餌。魚でありながら、アングラー(釣り人)としての資質ももっているという面白い魚なのである。
フロッグフィッシュといって何を連想するだろうか?フロッグつまりカエルの魚である。イザリウオという種類の魚の英名で、またの名をアングラーフィッシュとも呼ばれている。アングラーつまり釣り人の魚だ。どちらも彼らの特徴をよく捉えており、いいえて妙な英名である。もっともアングラーフィッシュに関しては、アンコウたちにもつけられているようである。カエルの魚、これは彼らの容姿から来るものだと思う。タイやマグロといったような遊泳型の体形ではなく、およそ魚らしくない格好をしている。頭が大きくて体の半分近くあり、肉食魚として獲物を捕らえる口がまた大きい。そしてカエルのようにピョンピョンとは跳ねないものの、のそりのそりと海底を進む。泳ぐという魚本来の運動は、けっして得意とはいえないようだ。のそりのそりと例えたのは、特殊化した彼らの胸ビレと腹ビレの動きによる。それぞれのヒレが、動物でたとえると手足よろしく機能するのである。歩く魚などというフレーズが、ぴったりとしそうな魚類である。スマートに海中を泳ぐ魚たちを尻目に、イザリウオはもっぱら水底で暮らしている。いわば水底生活者である。周囲に紛れてじっとしながら、あたりの様子をうかがっている。とはいえ、様子をうかがっているだけでは生きてはいけない。暮らしていくうえでは食べなければならない。そこで彼らが身につけたテクニックは、まず待ち伏せ方の捕獲方法である。ひたすら周囲に紛れてじっとしている。イザリウオは種類によってもその体色はまちまちだが、海底の付着物などに体を寄り添っていると、まったくそれと気づかない。その面白い姿からダイバーの間でも人気のある魚だが、その魅力のひとつに、隠れるように潜んでいる彼らを探す面白さもあるようである。イザリウオがいるとも知らずに、餌になるような小魚などが近づく。すると彼らは本領を発揮させる。ヒレが特殊化してできた手足のみならず、彼らは頭上に釣竿も備えているのである。その竿の先には、エビともゴカイとも見えるようなものがついており、それを震わせながら獲物を誘うという芸当をみせる。これがアングラーフィッシュたる由縁だ。しかも疑似餌で獲物をとるわけであるから、それはもう高度な釣り人、つまりアングラーということになるだろう。
■コイ・マーチ 南アジアや東南アジアの一部に棲息し、英語の一般名はClimbing Perch(学名:Anabas testudineus)という。頑丈な胸鰭を使って、木の幹を登ったり、地面をかなりの距離移動するとある。これは肺が二つあることと、棲息する場所と産卵する場所が違うので、あちこち“移住”するかららしい。乾季で干上がった池でも泥の下にもぐったりして、次の雨季まで生き長らえるらしい。
■トビハゼ 正真正銘「魚」ですが、水から出るのが大好きで、干潟を歩きまわったり、岩や木にも器用に登って、左右別々に動く大きな目で餌を探します。慣れると手の上に乗って餌を食べるようになるそうです。ちなみに水から出て地上を歩く魚は他にもいて、クラリアス(アフリカ、アジアに住むナマズの仲間)は乾期になって自分が暮らしている池の水が減ってくると別の大きな池を探して草原をクネクネとさまよい歩くそうです。また、東南アジアに生息するアナバス(木登り魚)は、ちゃんと大きなウロコもあって見た目にはごく普通の魚なのですが、水から出るとエラの下にあるトゲを足のように左右交互に地面に引っかけながら、よちよちと歩きまわります。アナバスはとても可愛い魚ですが、エラの下のトゲは鋭いので手の上には乗せられません。持つときは親指と人差し指で背びれをしっかりとつまみます。
友永詔三さんの作品「歩く魚」です。
■南村健治句集『歩く魚』(1994年) より
早春の魚はたとえば古代人
少年はさよりの空にいるような
春暁の耳をふれあう魚たち
木の芽雨魚はひそかにそり返る




