私が小さい頃は、家風呂よりも銭湯の時代でしたから、ちびっこギャングたちはこぞって銭湯に行き、絶好の遊び場にもなっていました。そういう意味で銭湯の巨大な煙突は私たちの遊びのシンボルでもあったわけです。さて、煙突で思い出す画家と言えば「松本俊介」さんです。都市風景を茶褐色の色調で幻想的に表現した作品からは独特の郷愁が漂い、小さい頃を思い出します。松本(旧姓佐藤)さんは1912年、東京生まれ。その後、岩手に移ったが、中学時代に流行性脳脊髄膜炎にかかり聴力を失った。17歳で画家を志し上京。麻生三郎、靉光らと新人画会を結成し、自由美術家協会にも参加するなど、新進気鋭の画家として精力的に活動した。36年には、松江藩士族の家系にある妻禎子さんと知り合い松本家に入籍。自宅は東京にあったが、戦時中には家族を松江に疎開させ、本人も戦中戦後に数回松江を訪れている。48年に東京の自宅で病死。聴覚を奪われ、不治の病の中で短命を生きた彼の視覚や触覚や嗅覚は研ぎ澄まされ、聴覚にあっても、むしろ常人が聞き取れないものを聞いたかのようで彼の作品には命を感じる。