前回の記事にも書いた映画『ブルージャイアント』。あれからずっと、劇中のジャズのメロディーが脳内で鳴り続けている。
映画のサウンドトラックがYouTubeでも公開されていることを知り、それを毎日聴いている。朝から熱いジャズのメロディーに浸り、朝の電車も気分はまるでニューヨークの地下鉄。ジャズすげえな!実際は埼京線なのに!
ところで、このサウンドトラックでの「JASS」(主人公たちが組むジャズバンド)の演奏を聴いていて、ちょっと気になったことがある。
あらかじめ断っておくが、僕はこの音楽が大好きなのだ。読んでもらえればわかると思うが、ディスる意図は全くないことを、念のためここで声高に叫んでおきたい。というか、僕は音楽のことなんて全然わからないし、素人の戯言だと思って聞いてほしい。
さて、僕が思っていることを一言で言えばこうだ。
「大、お前そんなもんじゃねえだろ?」
このサウンドトラックの演奏は、劇中のストーリーとリンクしている。実際には著名なミュージシャンがプレイしているのだが、物語の登場人物である宮本大(テナーサックス)、沢辺雪祈(ピアノ)、玉田俊二(ドラム)として「演じて」いるのだ。
玉田はまだドラムを始めてから一年ほどの設定だと思うので、それを前提としたプレイになっている(……はず。物語の中でも急成長が描かれているが、それにしても上手すぎる!)。
他にもいろんな設定があるのだが、ネタバレにつながる可能性があるのでここでは触れません!悪しからず!
で、僕が気になった宮本大のプレイ。素晴らしい演奏だと思うのだが、なんとなーく、「まだ余力を残している」感じがするのだ。
「いや、それがプロなんじゃないの?」と言われればそうなのかもしれないが、宮本大はそういうプレーヤーじゃない。ステージでは全てを出し切る。それが彼のプレイだ。
「余力を残している」というのはあくまで僕の主観なので、他の人は「いや、どこが?」と思うかもしれない。けど、僕はなんとなくそう感じたのだ。
もちろん、ストーリーと絡めていろんな説明をすることはできるだろう。そのへんも含めて、いろいろ考えてみた。そして、ある可能性に気づいた。
「続編への布石」という可能性である。
続編も映画化されるとすれば、大の成長もそこで描かれなければならない。大の成長の表現として最も重要なのは、言うまでもなく「サックスプレーヤーとしての成長」である。
その成長をダイナミックに描くためには、いまの段階で上手すぎてはいけない。力がありすぎてはいけない。輝きすぎてはいけない。そういう意図が、この演奏の背景にあるのではないだろうか。
だから大に比べて、これから出番がない可能性のある雪祈のピアノ、玉田のドラムは、いろんな制約がある中でも、出し切っている感がある(気がする)。
いずれにせよ、これほど話題になり、興行的にも成功しているであろうこの映画は、ほぼ間違いなく続編が制作されるだろう。とすると、この大の演奏の「布石」がしっかり生きてくるわけだ。
もちろん、これは僕の完全な主観で、何の根拠もない妄想にすぎない。けれども、そんな自由な妄想を抱かせてくれるのも、いい映画のひとつの条件と言えるかもしれない。
僕はおそらく明日、漫画版の10巻を読み終える。そして、2回目の劇場へと足を運ぶだろう。その直前には、必ずトイレにも足を運ぶだろう。