過ぎ去った時間は二度と戻らない。
これを時間の「不可逆性」と言ったり
「非可逆性」と言ったりする。
なぜ時間は逆には進まないのか。
これを説明する時によく登場するのが、
「熱力学第二法則」というやつである。
ちなみに「熱力学第一法則」は、
「エネルギー保存の法則」のこと。
「熱力学第二法則」は、もう少しややこしい。
「エントロピー増大の法則」とも言われる。
たとえば、僕らが生活をしていると、
特に片付けたり掃除したりしない限り、
部屋はいつの間にか散らかっていくだろう。
何もしていないのに、
「最初の完璧に整理された状態に戻っている!」
ということは起こりえないわけである。
ここでの「散らかっていく」ことを、
「エントロピーの増大」と表現するわけである。
別の例で言えば、
お湯を沸かして湯気(気体)になったものが、
また集まって全く元通りの水に戻ることはない。
これもまた「エントロピーの増大」であり、
「不可逆」な過程だとされている。
要するに「覆水盆に返らず」というわけである。
「タイムマシンは実現できる!」
ということは今でも言われているけれど、
それはおそらく「未来へのタイムトラベル」に限るのであって、
「過去へのタイムトラベル」はちょっと難しそうだ。
しかし、
平野啓一郎の小説『マチネの終わりに』の主人公は、
「未来は常に過去を変えてる」と言うのである。
それはつまり、その人にとっての
「過去の意味」を変えることができる、
ということだろう。
「それじゃあ実際には過去は変わっていない」
と言う人もいるかもしれないけれど、
果たしてそうだろうか。
そもそも「過去」は存在するのだろうか。
存在するとしたら、どこに存在するのだろうか。
それは「現在」に、である。
過去は現在にしか存在しない。
もう少し正確に言えば、
現在から見た過去しか存在しない。
いや、それも少し違うかもしれない。
「過去」とは、
「私」と「出来事」との関係として
常に創造され続けるものである。
過去には戻れない。
でもその過去は「いまここ」にあって、
「新しい過去」を創造することはできる。
それは同時に「現在」と「未来」を
創造することでもある。
【参考】
久保亮五「時の非可逆性」村上陽一郎編『時間と人間』東京大学出版会、1981年。