多田道太郎『物くさ太郎の空想力』 | 杉原学の哲学ブログ「独唱しながら読書しろ!」

知り合いにすすめられて読んだ、

多田道太郎著『物くさ太郎の空想力』

 

さっそく本を購入して、

ぱらぱらっとめくると、

こんなことが書かれていた。

 

「『休む』というのは、

 とにかく強制されたものはしんどい、

 感覚的に困るということで、

 強制されたものはなにもしないという状況を、

 自分でつくり出し、そこから自由に

 なにかを自分がやり出す可能性を

 留保しておくという状況ではないか」

 

僕の日常そのものではないか。

さらにページをめくってみる。

 

「空想力というものは

『休む思想』からしか

 出てこないのではないか。

 働きづめに働いて、

 そのあげくに出てくる構想は、

 しょせんたいしたことはない。

 あるいは、たいしたことはないどころか、

 間違った状況にその構想力が

 いってしまうのではないか」

 

僕を肯定するために書かれたとしか思えない。

そしてこんなことも書かれていた。

 

「石川三四郎というアナーキストは、

 戦後『箱根会談』というものを空想した。

 世界中の政治指導者を全部箱根に集めて、

 真っ裸にして風呂に入れ、

 毛穴を開けばもっと自由に

 しゃべれるんじゃないかと考えた。

 これは、素朴な、いなかのおっさんの

 雑談みたいだけれども、

 根源的な発想を含んでいると私は思う。

 外から規制していくのではなくて、

 裸になって毛穴を開いた状況から積み上げていく。

 これが怠惰の思想の根源でしょうね」

 

そう言えば、僕が好きな箱根の宿

「養生館はるのひかり」は、

「何もしない一日」がコンセプトの宿だ。

 

この本をすすめてくれた方は

僕とは初対面だったはずだ。

 

にもかかわらず

なぜこの本をこの僕に……。

 

もしかすると、僕はいつのまにか

強烈な「物くさオーラ」を

まとってしまっているのではないか。

 

すぐに鏡の前に立って確認したが、

そこにはオーラがあろうがなかろうが

「物くさ」にしか見えない、

ぼんやりした男が

突っ立っているだけであった。

 

 

 

 

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