新宿バルト9に『珍遊記』を観に行った。
映画が終わったあと、
ある若いカップルの女性が
「これ何の意味があるの?
みんななんで観に来てるの?」
と少し動揺した様子で
彼氏に尋ねていた。
もちろん意味などない。
意味のないものを観に来たのだ。
映画の冒頭いちばん最初のセリフが
「ちんこ」
なのだから、
全く内容を知らずに
連れて来られた女子にとっては
悲劇以外のなにものでもない。
僕は『週刊少年ジャンプ』で
原作の漫画をある程度読んでいたので、
「あれが一体どうなるのか」
という好奇心が少しはあったが、
特に何も期待してはいなかった。
しかし結論から言うと、面白かった。
気がついたら「終劇」で、
「もっと観たいな~」という感じ。
バカにされるかもしれないが、
続編が出たら僕は観に行く(笑)
原作のストーリーなど
全く覚えていないが、
その型破りで自由な空気感は
継承されていたのではないだろうか。
映画を観終わって帰宅してから、
図書館で借りていた手塚治虫の漫画
『火の鳥<黎明編>』を読んだ。
こちらは一転高尚な内容だが、
『珍遊記』とはまた違った意味で
自由さを感じさせる作品でもある。
重厚なテーマにもかかわらず、
ストーリーの途中に別の漫画の
キャラクターが登場したり、
暗号的な仕掛けがあったり、
作者自身が登場したり。
こちらを読み始めたのは、
テレビで浦沢直樹さんが
「『火の鳥』を読んで悟った」
というようなことを言っていたからなのだが
(僕の記憶なので間違ってる可能性大)、
冒頭から人間の「業(ごう)」が
日常のように描かれていて、
映画『珍遊記』の「ちんこ」とは
また違った意味でびっくりした。
『珍遊記』と『火の鳥』を
並列に語るのは罰当たりな気もするが(笑)、
にもかかわらずそれができてしまうのが
漫画の素晴らしさである。

にほんブログ村