ふだんスーツを着ることはほとんどないのだが、
たまの冠婚葬祭のときに袖を通すことになる。
「袖を通す」ことは問題ない。
ただ「ウエストがかなり厳しい」
という問題が発生しているのである。
このスーツを買ったのは
かれこれ10年ほど前のことなので、
ウエストのサイズが厳しくなるのは
まあやむをえないことであろう。
そう考えると、
このスーツを買ったときの
店員さんのアドバイスは、
今になって思えば「神対応」であった。
大阪から東京に出て買う1着目のスーツ。
せっかくなので
いいものを長く着たいと思い、
ちょっと奮発して
ポールスミスのスーツを買うことにした。
お店はポールスミス渋谷店。
いわゆるフラッグショップというやつである。
いちばんシンプルなものを選んで、
さっそく試着してみる。
デザインは全く問題ない。
あとはサイズの微調整である。
いかにもポールスミスな
若いイケメン店員さんと相談しながら、
スーツの袖の長さなどを調整していく。
そして最後に残ったのがウエスト。
かなり余裕があるので、さっそく伝えてみる。
「ウエストが大きいので、
ちょっと小さくして欲しいんですが」
すると、
それまではこちらの要望通りに
調整してくれていた店員さんが、
「いや、これくらいがいいと思いますよ」
と断言する。
もしかしてめんどくさくなったのか?
東京に来て間もない僕は、
いわゆる東京のショップ店員というものが
どうしても信用できない。
オシャレなイケメン店員が、
ダサい田舎者を適当にあしらいやがって…!
とまでは思わなかったが(笑)、
彼の言葉をそのまま受け入れる気にはならない。
「いや、これだとちょっと
ゆるすぎると思うんですけど…」
と食い下がってみると、
スーツの裾のサイズを確認していた店員さんが、
そのまま深々と頭を下げてこう言うのである。
「お客様にご満足いただくためにも、
ここだけはどうか、
私にお任せいただけませんでしょうか…!」
その時の彼の実に真摯な態度に、
「よし、ここはプロであるこの人にまかせよう!」
と腹をくくったのであった。
その10年後、彼の予想通り、
僕はスーツに
「腹をくくられている」わけである。
彼の言う通りにしていなければ、
もっとひどいことになっていたことは
言うまでもない。
今になって思えば、
きっと僕は店員さんとの話の中で、
ずっと長く着たいんです、
ということを伝えていたのだろう。
その要望に答える形で、
後の体系の変化も考慮した上で
サイズを見てくれたのに違いない。
ただ、僕がその予想をさらに超えて
体系を変化させてしまったのであった。
あの時の店員さん、ありがとう。
今のところなんとか、
おなかを全力でへこませながら
着ることができています。