小学校3年生のときだった。
理科の授業で、植物の観察というのがあり、
その日はクラスみんなで校舎裏の畑に行った。
その途中だった。
土の温度を測るために持っていた温度計を、
ケースごと落として割ってしまったのだ。
それは僕個人のものではなく、
授業用に使う学校の温度計だった。
「ヤバイ、怒られる…」
そのとき頭をかすめたのは、
こんなことだった。
「ケースを開けたら割れてました、
ってことにすれば、怒られんですむ…」
ウソをついてやりすごすか。
正直に言って怒られるか。
ピュアだった僕は(今でもピュアだが)、
思い切って正直に言うことにした。
先生は女性で、
当時30代前半ぐらいだっただろうか。
チャキチャキした感じの、
いつも元気な先生だった。
先生を後ろから呼び止めた。
「先生。温度計、落として割ってしまいました…」
僕は怒られるのを覚悟していた。
先生は、そうか、と言いながら
割れた温度計を見てから、こう言った。
「正直に言ってえらかったね。」
そう言って、頭をなでてくれた。
きっと、泣きそうな顔をしていたのだろう。
僕はこのときのことを
いまでも鮮明に覚えているし、
ことあるごとに思い出す。
「そっか、正直に言えばいいんや。」
この出来事は、僕の中である方向性を決定づけた。
もしこのとき先生に怒られていたら、
僕はまったく別の人間になっていたと断言できる。
小学校の先生になりたいな、
と思ったのもこの頃からかもしれない。
僕がいかに信用できる人間かが
このことからもわかる。(論文風に)