学びをつくる会世話人リレーブログ -22ページ目

楽しい学びは夏休みだけ?

一年早く退職して、家にいることが多くなったのですが、世の中は朝から複雑怪奇な電話から始まる。

…マンション投資の説明が終わったと思ったら明らかに『振り込めサギ』とわかる電話。

夕方5時~6時には現場の人からの電話。

「今、水の学習をしているんだけど…」と教材の問い合わせが多い。

なかには、研究会講師依頼はいいのだが「つきましては、初めに模擬授業を!……」という。

現場で一番大切な教材や子ども達についての語らいの時間さえとれずに、授業を講師に依頼する『追いつめられている現場の姿』を見る思いである。


今、元勤めていた学校のサマースクール(一週間)の面白ゼミナールの内容を検討している。今年で4年目を迎えるが、夏休みにしか『楽しい学び』が展開出来ないというのもおかしなものだと感じながら…。

完全休養日???

今日は夕方5時まで断続的に寝て過ごすというなんとも悲しい一日になってしまいました。

本当は買い物に出かけて、その後は学校に行ってプールの管理や成績処理、教材研究、区小研の仕事、臨海学校の準備などをしようと思っていたのですが、そんなことをすべて捨てて寝るのを選んでしまいました・・・

月に何度か寝溜めしないとやっていけないのが悲しくも現状です。


昨日の学びをつくる会では学生の頃からの憧れの存在である恵津子先生の豊かな学びの実践を聞くことができ、あらためて刺激を受けた一日でした。

しかし、今の自分は豊かな学びの実践をつくりだすという教師の仕事の本質的なこと以外に振り回されていて自分の理想としている姿とはかけ離れていることが多いような気がします。

自分が大切にしたいことをしっかりもって、そのほかの仕事はもう少しいい加減にやってもいいのかなーとも思いますが、まだそこまで居直れていないのです。

愚痴ばかりでは仕方ないので、明日からは『学んだことが自分の生活につながっていて意味があるんだ!楽しい!』と思えるよう、子どもたちと一緒に楽しく学びをつくっていこうと思います。 

今日みたいに寝て過ごすのもたまにはいいのかな?

明日はたまった仕事は気にせず、子どもたちと過ごす時間を第一優先に楽しもうと思います。

クーラーつけたら夏休みは…

今年はまだそんなに暑くない。足立区の中学はクーラーの工事中。7月から使えるように、と突貫工事。

温暖化防止といいながらいいのかなあ。

当然のように区教委は「クーラーがついたから夏休みを短くする」と言い出した。来年から全校で8月24日を夏休み終了とする。

今年はパイロット事業校として私たちの学校も8月25日から授業再開となる。

その上、区教委は「パイロット事業校には塾の講師を派遣する」と言い出した。8月25日からは学校で相談して、午後は教育相談(三者面談)をすることに決めてある。それならば…ということで8月21日から24日まで「塾の授業」が希望者だけだが行われることになった。

子どもたちにとって夏休みが10日も短くなったようなものである。なんのためにこんなことをするのだろうか、区教委は学力向上という。

子どもの状況も地域の状況も考えず、授業の中身も考えず、時間さえかければ学力が上がると考える「単純さ」にはあきれるばかり。

教師の自殺

今週また、帰宅時に電車のダイヤが乱れていた。
 「人身事故のため」という。
 ほんの数年前までは中央線の専売特許だったが、近頃は私が利用する西武線でもしばしば耳にする。
 「人身事故」とは、はっきり言えば「投身自殺」のことだという。
年間3万人の自殺者だから、一日80人。東京では毎日8人が自殺している計算になる。しばしば耳にするのも当然だろう。
 教師とて例外ではない。2004年度には83人が自殺している。(警察庁統計)
東京だけで8人!しかし、具体的な話は、現場にいても全く伝わってこない。
しかし、実感としては、いかにも「ありそう」だ。
 伝わってこないのならば、私たちが声をあげよう。実態を明らかにしていこう。
 7/22の第11回集会 第2分科会で、現実に学校で起きていることを話し合います。 ぜひ、ご参加ください。

テレビの前で――腹を立てたり考え込んだり……・菊地 良輔

・ テレビを見ていて、社会的に悪いことをして糾弾された人間が、「お詫び」のつもりなのか、「世間をお騒がせして申し訳ありません」というのを聞くと、何倍も腹が立つ。
――われわれが怒っているのは、「世間を騒がせた」ことなんかじゃなくて、かれがやったこと自体なのに、これでは、自分からはそれを全然認めずに、図々しくも問題をそらして居直っているに過ぎないのだから。

・ 「誤解を与えて申し訳ない」というのも同じ。人々が怒っているのは「誤解した」からだというのか。自分はほんとうは悪くないのに、「誤解した」方が悪いというわけか。

・ 「反省すべき点があれば反省し…」というのも、また同じ。自分が「反省すべき」ことをしたかどうかは棚上げ。まるで人ごと。

・ こういう、無責任で狡猾な言い方が、やたらに耳につく。それを通用させてしまうマスコミの甘さはどうだろう――やはり、私たち自身の問題なのか。

・ 佐貫さんの新著『教育基本法「改正」に抗して』の「あとがき」に「東京の国旗・国歌強制をはじめ、かつて見られなかったほど強権的な事態が、いま都民(国民)の大きな抵抗に遭うことなく、そのまま遂行され続けているのは、なぜか」という問いが設けられており、それを解くには、「戦後日本社会の軌跡をふり返ることを必要とする」とされていた。
この問いは、戦後まもなく教員になり、多くの仲間とともに「民主教育」をすすめたつもりで、そこに若干の自負さえ持っていた私どもにも、深刻に突きつけられている。

・ 岩波新書の三島憲一著『現代ドイツ―統一後の知的軌跡―』――その問題意識に引き寄せて読んだら、とりわけ「過去をめぐる論争」の部分などからは、「(歴史と)責任」ということばが浮かび上がってきた。

『らぶれたー』 影島紀子

今年は初めての1年生の担任。36人の子供たちと毎日奮闘しています。30人学級が実現してくれたら…と願わずにはいられません。
すべて40人学級というのは東京都だけになってしまったと聞きました。『子供のため』の教育を!!

国語ではひらがながやっと全部終わりました。でもまだ文を書くことは難しい1年生です。
月曜日に、「先生にお手紙書いてきたよ。」と男の子が手紙をくれました。
見ると「のりこせんせいだいすきだよ。…」と。字もまだあまり上手に書けないし、文には間違いもあってやっと読めるくらい。でも一生懸命に書いたんだなというのが伝わってきて月曜日から嬉しいスタートでした。
にやにやしながら家に帰ってじっくり読んだら…「のりこせんせいへ」と書きたかったのでしょうが…「のりこへ」となっていて思わずドキッ(笑)立派なラブレターをもらい、文字を学ぶってとても素敵なことなのだなと改めて思いました。

最近疲れ気味で笑うことが少ないと感じている方にお勧めの映画があります。
『三丁目の夕日~ALWAYS~』私が最近、おおいに笑って泣いた映画です。映画館でも観たのですが、DVDが出たので借りてまた観てしまいました。
昭和33年、戦後の復興の様子が描かれた人情実溢れるお話です。
今ほどに豊かで便利な時代ではありませんが、三種の神器が揃い始め、未来の夢と希望に満ち溢れている時代です。
建設が始まった東京タワーが話の最後には完成するのですが、それぞれの人生を歩んできた登場人物たちが、それぞれの想いで東京タワーを見つめる場面がまたじ~んときていいです。

今年は日照時間が少ないと言われていますが、ぜひぜひ日笑時間は増やしていきたいと思います。

続いていくことの希望・大日方真史

先日、参加しているゼミで、ある本の一部を読む機会がありました。ハンナ・アレントという思想家の『人間の条件』(志水速雄訳、ちくま学芸文庫)という本でした。ぼくの印象に残ったのは、世界が続いていくという意識の重要性です。続いていくということを信じられるとき、人は、自分の享楽だけに向かわなくなる、そうだなあ、と思いました。
 世界が続いていくことを信じられないときの享楽というと、かつてのぼく自身のことが思い返されます。幼いころからぼくは、世の中があるかたちで見えてくればくるほど、この世界はもうすぐ終わるということを意識するようになりました。核、環境破壊、戦争、貧困、エイズ……。何もしていないように、むしろますます悪くしている張本人のように見えてくる大人たちへのいらだちは募っていきました。どうしてくれるのだと、目の前の親たちの世代を恨んだこともありました。そうしたぼくにとって、「自分の今だけを生きよう」というある決心は、ごく自然になされたと思い出されます。世界をよくしようなどと頑張ってみても結局無駄だと、それならば日々の自分だけの「楽しみ」を追求するしかないと、慰めを見いだしていたように思います。
 教育学を専攻している今のぼくは、生きづらいこの状況だからこそ、何とか希望を語りたいと感じています。どこかから連なりどこかへ連なっていく世界、つながっていく何か、それへの希望、そういったものがあって、人は、ともに何かをつくりだしていこうという方に向いていけるように思います。子どもとともにする教師たちの実践の希望もそういうものではないかと思いますし、教師たちが世代を超えてともにする営みの希望もそうでしょう。子どもたちも、希望のありかを、自分たちが生きていく世界に、切実に求めていると思います。誰かに何かを受け渡しながら、それがつながっていく、それを信じられることの希望を見つけていきたいものです。
 気持ちが走り気味になりましたが、このリレーブログもまた、どこかで希望を語り紡ぎながら続いていけたらと思っています。(大日方真史)

スクーリング体験記・荻野佳津子

絵を描いてみたいと思っていたので、武蔵野美術大学の通信課程に在籍することにした。教材が届いて、まずビックリしたのは、課題の多さ。これは留年覚悟だなと思いつつ、提出課題に苦しんでいる。提出した作品に対する添削は実に丁寧だ。色々驚くことは多いのだが、何よりビックリしたのは、初めてのスクーリング。人数の多いことにも驚いたが、皆さんの真剣なこと。午前中3時間45分、午後3時間45分一日に7時間30分も一つのものを見続けて描くのだけれど、その間、鉛筆のあるいは木炭の画面をこする音が教室に響くだけ。黙々と画面に向かい自分の課題と向き合って描き込む。その集中力の持続にただただ驚いた。3日目の合評会もそれぞれの言葉がすばらしかった。年齢層も10代から70代くらいまで幅広かったが、ここで何かをつかむのだというその気迫が感じられた教室体験だった。夏のスクーリングが楽しみ。(荻野)

教師の苦痛 岩辺泰吏

 6月18日(日)雨「教職の苦痛」
                             岩辺 泰吏
 昨日、長い間、葛飾作文の会のリーダー的存在であった友人の退職で「囲む会」を開いた。2年早く辞めた。参加者に、『「窓ぎわのトッちゃん」先生』というパンフレットが配られた。そこで、かれは大好きな仕事をなぜ早く辞めるのかを書いている。今の東京都の教育行政のゆがみを告発している。とりえあけ、管理職が追い立てられしぼられて、それを教師にストレートに向けている。
『管理職による賞金差別、評価主義がはなはだしく、組合員や3年未満の新任者たちが特に苦しんでいる。健康を損ねつつある人、物言えぬ新人、経験年数の高い人(高齢者)を尊重もしないし、むしろ排除している。」
 こういうなかで体調も崩し気味になって辞める決断をしたと。それを話しても管理職は「わかりました」ともなんとも言わなかったそうだ。彼は、絵の趣味もあり、やりたいことがいっぱいあると元気だ。現場にとどまっている人が苦しんでいる。告発するとともに、なにか支援の方策がないものだろうかと考えている。個人で相談に乗っていると、自分もいっしょに苦しむ。悩む人のエネルギー消耗はすごいものだと痛感した。ブラックホールに引き込まれるようだ。

四苦八苦学習

宿泊学習です。来週。今週までにやりきるはずのことができていない。1学年1学級で援助0。持って行くということでナップザックをつくる。始めたのが火曜。寸法だけ。でこのあと水木で完成させる。持ち帰り0!うっそー!学力テスト。結果は予想通り。しか・。闘いはつづく・・・。今日は雨。大学の生活科動物園探偵団実習と彫刻美術館で造形教室。たまらん。超ハード。クラッシュしそう。 試しにやってみたけどフライングしてごめん。テーマがこないので。来るまで。ねむけざまし。