テレビの前で――腹を立てたり考え込んだり……・菊地 良輔
・ テレビを見ていて、社会的に悪いことをして糾弾された人間が、「お詫び」のつもりなのか、「世間をお騒がせして申し訳ありません」というのを聞くと、何倍も腹が立つ。
――われわれが怒っているのは、「世間を騒がせた」ことなんかじゃなくて、かれがやったこと自体なのに、これでは、自分からはそれを全然認めずに、図々しくも問題をそらして居直っているに過ぎないのだから。
・ 「誤解を与えて申し訳ない」というのも同じ。人々が怒っているのは「誤解した」からだというのか。自分はほんとうは悪くないのに、「誤解した」方が悪いというわけか。
・ 「反省すべき点があれば反省し…」というのも、また同じ。自分が「反省すべき」ことをしたかどうかは棚上げ。まるで人ごと。
・ こういう、無責任で狡猾な言い方が、やたらに耳につく。それを通用させてしまうマスコミの甘さはどうだろう――やはり、私たち自身の問題なのか。
・ 佐貫さんの新著『教育基本法「改正」に抗して』の「あとがき」に「東京の国旗・国歌強制をはじめ、かつて見られなかったほど強権的な事態が、いま都民(国民)の大きな抵抗に遭うことなく、そのまま遂行され続けているのは、なぜか」という問いが設けられており、それを解くには、「戦後日本社会の軌跡をふり返ることを必要とする」とされていた。
この問いは、戦後まもなく教員になり、多くの仲間とともに「民主教育」をすすめたつもりで、そこに若干の自負さえ持っていた私どもにも、深刻に突きつけられている。
・ 岩波新書の三島憲一著『現代ドイツ―統一後の知的軌跡―』――その問題意識に引き寄せて読んだら、とりわけ「過去をめぐる論争」の部分などからは、「(歴史と)責任」ということばが浮かび上がってきた。
――われわれが怒っているのは、「世間を騒がせた」ことなんかじゃなくて、かれがやったこと自体なのに、これでは、自分からはそれを全然認めずに、図々しくも問題をそらして居直っているに過ぎないのだから。
・ 「誤解を与えて申し訳ない」というのも同じ。人々が怒っているのは「誤解した」からだというのか。自分はほんとうは悪くないのに、「誤解した」方が悪いというわけか。
・ 「反省すべき点があれば反省し…」というのも、また同じ。自分が「反省すべき」ことをしたかどうかは棚上げ。まるで人ごと。
・ こういう、無責任で狡猾な言い方が、やたらに耳につく。それを通用させてしまうマスコミの甘さはどうだろう――やはり、私たち自身の問題なのか。
・ 佐貫さんの新著『教育基本法「改正」に抗して』の「あとがき」に「東京の国旗・国歌強制をはじめ、かつて見られなかったほど強権的な事態が、いま都民(国民)の大きな抵抗に遭うことなく、そのまま遂行され続けているのは、なぜか」という問いが設けられており、それを解くには、「戦後日本社会の軌跡をふり返ることを必要とする」とされていた。
この問いは、戦後まもなく教員になり、多くの仲間とともに「民主教育」をすすめたつもりで、そこに若干の自負さえ持っていた私どもにも、深刻に突きつけられている。
・ 岩波新書の三島憲一著『現代ドイツ―統一後の知的軌跡―』――その問題意識に引き寄せて読んだら、とりわけ「過去をめぐる論争」の部分などからは、「(歴史と)責任」ということばが浮かび上がってきた。