虐待とマルトリートメント

「虐待」と聞くと、とんでもないことだと誰もが思うし、「虐待はいけない!」と言うでしょう。テレビから虐待によって亡くなった子どものニュースが流れてくるたびに、心が痛くなります。

ところで皆さんは「虐待」というと、どんな行為をイメージしますか?

  • アザやケガ、骨折を伴うようなひどい体罰
  • 恐怖を感じるような暴言や暴力
  • 何日も家に閉じ込めて放置
  • 食事を与えず、骨が浮き出るほどまでに痩せている
  • 雪の降る寒い冬に外に締め出す
  • 夏の暑い日に狭い空間に閉じ込める
  • 子どもを性的対象にする
このようなものをイメージするのではないでしょうか。このような虐待は、子どもの「死」につながるような極端な虐待と言えます。
だから「事件」となり、報道で取り上げられ、それを見聞きしている私たちは、虐待=「死」につながるような極端なものというイメージがついてしまっているんじゃないでしょうか。でも、実はそれは氷山の一角で、小さな虐待が積み重なって、そこにつながっているのではないかと思います。
 
では「マルトリートメント」とはなんでしょうか。
日本では「不適切な養育」とか「避けるべき子育て」などと訳されているようです。
マルトリートメントという言葉は、1980年代頃からアメリカで広がった表現で、WHOのチャイルド・マルトリートメントの定義では、身体、精神、性虐待、ネグレクトを含み、従来の児童虐待より広範囲な意味で使われています。
具体的には次のような行為がマルトリートメントにあたると言われています。
  • 罰として締め出したり、閉じ込めたりする
  • 悪いことをした時にお尻を叩く
  • 他の子(きょうだいも含めて)と比べる
  • 「ダメな子」「悪い子」などと否定する
  • 「あなたの為よ」と大人の考えを押し付ける
その他にも
  • スマホやタブレットを長時間子どもに与える
  • 子ども一人で長時間留守番させる
  • 子どもに目を向けず、スマホばかり見ている
  • 子どもの目の前で夫婦喧嘩をする
虐待は「やっていません」と自信を持って言える人も、マルトリートメントは?と聞くと、あれ?やってるかもと思う人が、決して少なくないと思います。
 

保育の中のマルトリートメント

 

 先日、教師による児童へのいじめの問題が報道されました。これはいじめではなく「マルトリートメント」だと思います。教育の現場はわかりませんが、私は保育の現場にいるときに、マルトリートメントと言える場面を数多く見てきました。

「ダメ!」と言って叩いたりするような体罰もありました。

食べたくないと言う子に無理やり食べさせたり、逆に「もう食べなくていい!」と与えなかったりすることも。

言う事を聞かない子どもを廊下に出したり、「赤ちゃんのクラスに行きなさい」と引っ張っていくようなことも。

「みんなはできるのに、どうして○○ちゃんはできないの?」というようなその子の存在を否定したり比較するようなこともありました。

そして、そのようなことをする多くの保育士は、それが不適切だという認識もなくやっている場合が多いように感じていました。

「躾」だったり「子どもの為」だったり、或いは「園の方針」だったり・・・

でも中には、突飛ばした後に泣いてすがりついてくる子どもを猫かわいがりして、自分自身の心を満たす感覚を持つような、歪んだ愛情を持っている保育士もいました。

正直言って「保育」以前の問題です。子どもを身体的にも精神的にも傷つける行為です。

 

これは20年も前の話ですが、今も同じような保育をやっている園が実は多くあるのではないかと私は思っています。

なぜならば、園長に保育の知識がなく、学ぶ意識さえもなく、聴く耳もなくて、なおかつ主任も同じ考えで、昔ながらの保育を慣例のように毎年繰り返しているだけの園は、変わることが難しいと思うからです。

おかしいと感じるのは新卒や中途で入った保育士ですが、その環境に馴染んでいくか、辞めていくかのどちらか。

新しく入った職員がそれまでの流れを変えるのは不可能に近く、そうなると浄化されることなく、昔からのやり方で今も当然のように不適切な保育をやってる可能性があると思っています。

 

 

自分の保育を見直そう

 

 保育士は協調性の高い人が多いように思います。保育はチームで行うものだから、とても大事なスキルだと思います。でもそれゆえに、和を乱さないために、良くないと思っていても同調し、悪しき慣習を違和感ありながらも受け入れて、長くその環境にいる間にいつのまにか染みついて、その結果、持っていた違和感が無くなってしまうということが起きているのではないかと思います。

 保育士は子どもの専門家です。発達をしっかりと捉えて、どのような関わりが良いのか、どのような環境が良いのか、常に新しい情報を仕入れて、考え、自分の保育を更新していかないといけない。井の中の蛙になってはいけないと思います。

 

 まず、マルトリートメントと言えるようなものがないかどうか、自分の保育を振り返ってみてください。

  •  大人の都合の良いように子どもを動かしてはいないだろうか
  •  子どもの思いや言葉を否定してはいないだろうか
  •  思い通りにいかなかった時に、そのストレスを子どもに向けていないだろうか
  •  自分の価値観を子どもに押し付けてはいないだろうか
  •  子どもが自分で考えて選択して実行するという機会を奪ってはいないだろうか

 過去は変えられませんが、未来は変えられます。振り返って、もし不適切だと思う言動が自分にあったと気付いたら、そこから改めていけば良いと思います。まずは自分が変わること。それが園の保育を変えるきっかけになると思います。

 

 福井大学の友田明美教授の研究によれば、継続的に与えられたマルトリートメントは、視角野や前頭前野など脳に影響を与えるとしています。脳(こころ)が傷ついた子どもは、成長と共に過度の不安感や情緒障害、引きこもりといった症状・問題を引き起こす場合があり、更に大人になってからも、こころの病気やDV行為、依存症などの形で現れることもあるそうです。マルトリートメントについて知り、保護者の次に子どもに近い大人である保育士が適切な関わりをするだけで、もしかしたら子どもの傷ついたこころを修復し、将来的に社会への不適応で悩む人を救うかもしれない。そんなことも考えます。それは大げさなことではなく、実際に海外ではそういった可能性についての研究もされています。

 

まとめ

 

 子どもの育ちを考えた時に、今の日本の社会は必ずしも子どもにとって育ちやすい環境とは言えないなと感じています。もちろんもっと劣悪な国もありますが、少なくとも先進国と言われている国の中では遅れていると思っています。政治には物申したいことがたくさんありますが、そこを動かすことは至難の業です。でも、今いる全国の保育士たちが「マルトリートメントはしない!」と決めて保育をすることは、全く財源を必要としないことなので、難しいことじゃないはずです。新しく業務が増えるわけじゃない。保育士が自分の意識を変えるだけ。そんな意識を持つ保育士が増えていって、全国の保育士が、園とか法人とかいう垣根を越えてつながっていって、「子どもにとっての良い保育」を共有して広めていけば、マルトリートメントの無い保育が、日本の保育のスタンダードになるんじゃないかと、そんなことを考えています。それこそ「当たり前の保育」ですよね。

 

「マルトリートメント保育はしない!」

当たり前だけど、改めて口に出して宣言します。

 

mami