過去を振り返って思う事

 

30年以上前、短大を卒業して初めて就職したのは、地元の私立幼稚園だった。

上下関係が厳しく、先輩の言う事は絶対。

園長のハラスメントは毎日のようにあり、「お前らなんて庭の落ち葉と一緒に掃いて燃やしちまうぞ」そんなことを冗談のように言う園長だった。

 

1年目は4歳児35名の一人担任。

毎日へとへとで、職場と家の往復のみ。

他のことをやったり考えたりする気持ちの余裕は全くなかった。

同期もいなかったから、愚痴を言える仲間もおらず

先輩に言われるまま、先輩のやっているような保育をしなければと思っていた。

正直言って1年目の記憶はほとんどない。

それだけ必死だったのだろうと思う。

 

園長はいわゆる地元の名士あがりで、保育の知識も無かった。

いつも威張っていて、職員はみんな気を遣って仕事をしていた。

主任は、園長に怒られないように細心の注意を払っていた。

職員が、園長のターゲットになって頭ごなしに怒られている時も、まるでそこに存在しないように、息をひそめている人だった。

 

職員の意識はみんな「園長」に向いていた。

園長が気に入る子どもを作る保育をしていた。

全く良い保育ではなかった。

私自身も、良い保育なんてしていなかった。

子どもの為の保育なんかじゃなかった。

 

2~3年経つと、やっと思考できるようになってきて「これはおかしい」と思うようになった。

子どもを怒鳴りつけ、枠にはめる。

圧力による支配。

子どもはお行儀よく、先生の話をよく聞いて、みんなで同じことをする。

それができる子は良い子

それができない子は・・・

虐待だと思った。

ここでは働けないと思って辞めた。

あの時どうして「これはおかしい」と言えなかったのか、後悔している。

でも言えなかった。怖かった。

職場に共感し合える仲間はいなかった。

孤立はしていなかったけれど、心から信頼できる仲間はいなかったように思う。

園を変えることよりも、そこから逃げ出すことを決めた。

 

公立の保育園でも1年間だけ働いた。

公立ならばと期待したけれど、やはり私が思う良い保育とはかけ離れていた。

虐待のような行為もあったし、

正職員とパート職員の対立もあった。

気分屋の園長に気を遣う職員という構図はやはり一緒だった。

 

次に働いたのは、また私立幼稚園。

園長はやはり異業種だった。

比較的若い園長だったこともあり、待遇は少し良かった。

有給休暇も取れるようになったり、給料も良くなった。

でも、やはりハラスメントはあった。

「どいつもこいつもバカばっかり」という言葉をよく口にしていた。

感情の起伏が激しく波があるため、園長の機嫌を見て報・連・相をしていた。

その園では、学年主任を経て主任になった。

今度こそは、おかしいことはおかしいと言える保育士になろう。

子どもを真ん中に、子ども主体の保育をやろう。

園長と保育士をつなぐ存在になろう。

意気込みはいっぱいあったけれど、12年で折れた。

ずっと闘ってきたけれど、やっぱり無理だった。

やはり園において園長は絶対の存在で、蕁麻疹、喘息、めまいなど、様々な体の不調も出てきていた。

声が全く出なくなってしまった時も何度かあった。

言いたい事を我慢してばかりいると、声が出なくなることもあるのかなと思った。

 

 

どうして今、保育士不足?

 

どうして保育士になったのか。

当然ながら、誰もが「保育」をしたいと思って、保育士になったのだろう。

「保育」への思いがあるから、保育士として働こうと思うのだ。

でも、保育以外のことに、結構エネルギーを吸い取られる。

そりゃ、もっと給料は上げてほしいし、休みも欲しい。

でも一番辛いのは、保育士なのに「保育」ができないことじゃないだろうか。

それまで学んできた保育ができないことや

違うと思っても「園の方針」に縛られて、自分の思っている保育ができないことが、大きなストレスとなるんじゃないだろうか。

「保育」じゃなくて職場の人間関係への配慮にエネルギーを持っていかれて、

正しいと思う事をしようとすると、阻まれて、否定されて

自分が間違っているのかと不安になって、自信を無くしていく。

 

そうした中で、自分は向いていないと言って去っていく保育士

或いは、こんなところで働くのはばかばかしいと去っていく保育士

もっと自分を活かせる場を求めて去っていく保育士

そうやって潜在保育士がどんどん増えていっているんじゃないだろうか。

全国にはたくさんの保育士養成校があり、たくさんの保育士が誕生している。

それなのに、なぜ保育士不足なのか。

辞めていく保育士が多いからである。

 

 

保育業界を変える為に

 

 

保育業界には問題とされることがたくさんある。

配置基準もその一つだし、処遇改善や働き方改革も必要だ。

でも、そのどれもに「財源」が必要で、自分の努力だけではどうにもならない。

それじゃ、いつか変わるのを待つ?

いつまで待てば変わる?

 

愚痴を言っているだけでは何も変わらない。

中から変える取り組みが、今必要なんじゃないだろうか。

保育を社会全体の問題として、或いは世界規模で見ている保育士は少なく、自分のいる園の中だけで一喜一憂している保育士も多いように思う。

私はそうだった。

辞めてから見えた事がたくさんある。

園長を含めリーダー格の不勉強ゆえに、まともな保育ができていない園も多くある。

そこで辛い思いをしている保育士がいて、退職という選択肢しか方法が無いのもわかる。

どうしたら辞めずに続けられたかと、当時の自分に問うと

もしハラスメントがなければ、

園のおかしな方針を正すことができたら

変革のために一緒に闘う仲間がいたら、

もしかしたら、辞めずにいられたかもしれないと答える。

 

辞めた事を後悔はしていない。

辞めたことで得たものもたくさんあるからだ。

だから、辞めた人を責めるつもりは全くない。

ただ、保育士として働きたいと思っている人が、

心無い一部の人や、業界にある非常識な常識のために辞めざるを得ないのだとしたら、とても残念なことだと思う。

 

どうしたら、保育をしたいと思う人が辞めずに、保育業界の中で自分を発揮できるようになるだろうか。

たくさんの若い保育士たちが、保育の現場で、良い経験を重ねていくことができるだろうか。

そう考えた時に、保育業界を変えるのは、やっぱり中にいる人なんじゃないかな。

誰かに変えてもらうんじゃなくて、自分が変わる。

保育士として働いている私たちが変わることが、まず最初の一歩なんじゃないだろうか。

そして、その変化が広がっていけば、保育士にとっての働きやすい職場の実現は可能なんじゃないだろうか。

とはいえ、一人の力は弱い。

心が折れて去っていった保育士が、過去を振り返ると多数いる。

一人の力が弱いならば、もっと大きな輪を作ることが大事なのではないかと思う。

小さな法人の中の一人として存在するのではなく

その一人が隣の一人と手をつなぎ、保育士同士のネットワークを作ることで、日本全体に大きなうねりをつくることができないかな。

それができた時保育業界は変わり始めるんじゃないだろうか。

 

そうしたうねりは、保育士不足だけじゃなく、保育業界にある多くの課題を解決する

始めの一歩になるのではないかと思う。

 

今は情報化社会だ。

繋がろうと思えば、ネットを利用して繋がることができる社会。

同じ思いを持っている仲間が、たとえ遠い土地に住んでいても手を組むことができるのだ。

素晴らしい時代じゃないか!

 

保育を変えること=日本の未来を変えること

 

 

保育を変えることは、明るい未来を創るためには必要なこと。

私はそう思います。

子どもを一番知っている職業は「保育士」です。

だから、保育士が声を挙げる必要があるのだと思います。

保育士自身が辛い思いをしている職場が、子どもにとって居心地の良い環境であるはずがありません。

 

離職の理由の一番は人間関係です。

人間関係が悪い園は、保育の質も悪いと思います。

なぜならば、保育はチームで行うものだから。

職員同士が認め合い、生かされる関係でなければ、良い保育はできないと思います。

 

私は何度も転職しました。

でも保育からは離れなかった。

保育の仕事は好きだから。

好きな仕事を、続ける為にしてきたことは

学び続けることでした。

そして、いろんな人の話を聴くことでした。

もし私と同じように悩んでいる人がいるならば、力になりたい。

この頃はそんなことも思います。

 

それが、私がブログを始めた理由です。

 

初めてなので、読みにくいところもあったかと思います。

詰め込み過ぎて、長文になってしまいました。

にもかかわらず、最後まで読んでくれて

ありがとうございました。

今後は、不定期に発信していきたいと思います。

よろしくお願いします。

 

mami