手のないママのところにやってきた宝物。。。 -14ページ目

手のないママのところにやってきた宝物。。。

両腕のない母のところにやってきた✨天使✨

でも、、我が子も
先天性四肢欠損。
先天性右足内反足。
先天性左足脛骨欠損。
という手と足に障害を持ってやってきた!

障害者が障害児を育てる。人生と子育ての記録。

術後3日目。

手術当日のから
3日と半日繋がっていた点滴が
やっと取れて、随分と身動きが取れるようになり
これまで、YouTubeかテレビか少しお絵かきか。
しかしなかった娘も
やっと、入院前に買ってもらったおもちゃで遊ぶ
元気が出てきました。

夜も少しずつ眠れる時間が長くなり
4時間でも寝てくれたらこちらも有難いほどに。
そして、痛みより怖さが先だったトイレに行くのも
痛くないことがわかり、泣かなくなりました。
この日からは飲み薬の痛み止めになり
1日3回になった事もあり昼間は保冷剤で足さえ
冷やして遊んでいたら痛がる回数も減りました。

娘が入院していたところは
ドクターヘリがある病院で
病室からヘリポートが見えて
離発着するヘリを人までハッキリ分かるくらい
間近で見える場所でした。
入院日に大興奮でヘリを見ていた娘。
術後、やっとこの日また嬉しそうにヘリを眺めていました。
でも、飛ぶということはどこかで命の危険が
ある人が居ると言うことなんだよね。
と思わされました。

この日からは、給食の野菜を食べたくないやら
つまらない。やらわがままも言えるほどに
回復していた娘。
いつもなら、腹の立つわがままでも
1日中、泣き叫ばれるより
「まぁ、いいか」なんて思えました。
それでも、怒られて泣いていましたけどね(笑)

この日は早く帰りたいがために早く眠りに
やっぱり4.5時間ほどで痛みで目を覚まし
保冷剤を変えたり
夜中の薬を飲むと痛みが消えたと言ってまた眠る。
それでも、1日中ほぼ泣いた3日間に比べたら
だいぶ良くなり
やっと、魔の3日間を抜け出すことができました。

いよいよ、退院です。
この退院迄の5日間あっという間に過ぎました。
ただ、、、私
この入院期間中でポンコツな事を
いや、、、大バカな事を
やらかしていた事に退院日に気がつくのでした(°_°)

つづく



手術当日を0日目と換算して
術後2日目は土曜日。

この日始めて手術した足を見ることになりました。

術後に血がたまらないよう足にドレーンを入れていたのでそれを取る処置と消毒。

包帯を巻いた上からでも、
足の形が変わってしまったのはわかってはいるけど
いざ、本当に見るとなると自分大丈夫かな?と
不安になりながらも待っていました。

処置前に少し強めの痛み止めを点滴して
効き始めた頃に、処置が始まりました。

娘は先生達が入ってきた時点で大泣き、、、、
そりゃそうだよね。
まだ、娘には見せる勇気はなく
見えないようにしながら

包帯がどんどん外されていく。

見たいような見たくないような
娘の前で泣いてしまったらどうしよう。
やっぱり、手術しなければよかった
前の足の方が良かったって思っちゃったらどうしよう。
そんな事を思いながら、完全に包帯もガーゼも取れて初めて足を見た私は何を思ったのか・・・

「良かった。足綺麗に形成されている。」

自分でも思いもしなかったホッとした感情でした。
もう、そこには小さい足の面影は全くなく
大きな傷と綺麗な丸になってる先端。
もう触れられない足。そして
面影がないのは正直悲しかったけど、
本当、に頑張った。と思いました。
足が綺麗に。というのは
小さい足があったときは綺麗じゃなかったとか
そう言うことではありません。

義足を履くためには先端の形、肉の厚み重要だと思っていて、主治医も綺麗に形成できたと言っていたけれど本当に足を見た時に綺麗な形になっていて
これで、義足大丈夫だ。って本当に思いました。

看護師の母とも最初に話したのが
「形綺麗だったよね」でした。

この日は傷を触ったため
痛みが強く出てしまった娘。
術後1日目からアイスノンをひたすら
離断した足に当てて痛みを和らげる。

痛みが引くと少し元気に。

この2日間娘は小さい足はぶっさ
(昨年11月に急死した娘の大好きだった猫の名前)
が一緒だから大丈夫だよね!と
一度も泣いたりする事はなく
逆に心配をしていました。

その日の夜、個室のシャワーを私は浴び
娘は隣で母とトイレをしていました
すると急に、、、、
「もっと小さいあんよと遊びたかった。もっとお別れ言いたかった、まだ小さいあんよと何もしてないのに」と何かの糸がプツリと切れたように大号泣する娘。
「そうだよね。そうだよね。きっとお空でぶっさがかわりに全部やってくれるよ!お願いしよう!」
そんな言葉しかかけてあげられなかったけど
娘も泣きながら「うん、うん」と言っていました。

そのあと、シャワー浴びながら気付かれないように号泣しました。
4歳児の心でどれだけの事を理解し受け止めてるのだろうと、、、
シャワーから上がると
娘は泣き止み、
「ぶっさと小さいあんよに
絵を描くんだ〜!そしたらきっとお空から見えるよね」と一生懸命絵を描いていました。
きっと、この2日間は痛みで足を思い出す余裕がなかったのかもしれません。
やっと、娘らしくなってきたように思えました。

娘はあと2回寝たら家に帰れる!と
ルンルンで眠りにつきました。
私はこれから、ますます小さいあんよを思い出し
娘が涙する日が増えるのかな?と
考えた2日目でした、、、、。

入院生活も残り丸1日と半分。

つづく

術後1日目

 

6時間おきに入れて貰える痛みどめも

投薬後30分程しか眠らず

ほぼ一晩中、泣き叫び寝ずに迎えた1日目、、、。

 

朝一で回診があり、痛がるので点滴の痛みどめに変更

それでも、手術翌日には退院日が決まり

入院時の診察で主治医から

「根性があれば3日で退院。まあ長くて5日かな」

なんて冗談のように言われたけど、、、

あまりの速さにビックリしました。

 

術後1日目は、おしっこの管を嫌がり

早く取ってと朝方から騒ぎ出す。

看護師さんが「取っても良いけど痛いならまだ取らなくても良いよ痛いのと管が無くなるのとどっちがいい?」と何度も聞くが痛いのを選ぶ娘(°_°)

一応、計画的にも抜く予定だったので

管を抜き自力でトイレへ。

トイレの度に痛いこわいで泣き叫ぶ娘を抱っこで連れて行く母。

↑私では何も出来ない(°_°)

 

痛いと泣きながらもユーチューブやアニメを見る余裕が少し出てきたよう。。。


前日の叫びと暴言を目のあたりにしたので私達も

それに比べたら少し余裕がありました。

 

痛み止めが注射に変わり12時間おきに打つことに


効き目に期待していたけども、、、、

まさかの即効性はあるのに1時間後には泣き叫び起きる・・・

次の注射までは時間がある

数時間は耐えたがあまりの痛がり方に

看護師さんに聞くも

時間じゃないからダメだと言われまた耐える、、、


麻酔科の先生が様子を見にきてくれて

痛みのピークは術後48時間で

最初の24時間が1番ピークだとか

今から日に日に痛みは引いて行きますよ。との説明に

安心するもまだまだ魔の2日が残っている、、(つД`)ノ


3年前の初めての手術の時は

まだまだ、言葉を言えなくて

母と二人で娘を抱いて過ごした魔の3日間。

今回は言葉を話せる分

楽なところと大変なところと半々。


そして、1日のうちで1番魔の時間の夜が

やってきました。

夜の21時に痛み止めの注射をして

すぐに眠りにつく。

なんとか1時間〜2時間近くは寝てくれたけど

それでもまだ0時前。

私よりも体に堪えるはずの

母には少しでも寝てもらえるように

夜中はトイレ以外はなるべく私が起き

泣く→動画見る→泣く→DVD見る→10分ほど眠る

の繰り返しの中で一緒に2日目の朝を迎えました。


もう、この時点で

足がなくなったのを悲しむ余裕もないほど

ヘトヘトに、、、、´д` ;




そして2日目に初めて足を見ることに・・・

また、次のブログで綴ります。