気のむくままに -4ページ目

気のむくままに

観劇日記の様になってますが、気になりましたら、読んで頂けますと嬉しいです。

マイペースに更新しております。


【脚本】 フロリアン・ゼレール
【演出】 ラディスラス・ショラー
【出演】 橋爪功 若村麻由美 奥貫薫 前田敦子 岡本圭人 剣幸


日本で上演されたフロリアン・ゼレールの3部作シリーズのうち、『LaMère母』 『LeFils息子』を観ています。
今回は4作品目。
母は喪失感に苛まれる女性、息子は思春期の若者の視点で描かれた物語ですが、
飛び立つ前には、人生の終わり、老い、病、に直面した時の老夫婦と2人の娘の家族の視点の物語です。

家族の様々な状況が交差して描かれていて、母親が亡くなった状況、両親とも生きているが父親の記憶がもうろうとしている状況、父が亡くなっている?と思うような状況が、更に時間軸も行き来しながらちょっとした音と照明で、途切れもなく変わっていきます。
又、舞台上に父親には見えているのに、娘たちには見えない母親がいたり、父親がいたり。
目の前のできごとが現実なのか妄想なのか、誰が亡くなったのかわからなくなります。
最終的に、認知症である父アンドレから見える世界を表しているのかという所に辿りつきましたが。

妄想?現実?という作品の世界に身を委ねて見る不思議な感覚の面白さは、前作で感じているはずなのに、今回は複雑だからかそこに身を委ねて感じるのに時間がかかってしまった自分がいます。
複数回観劇したので、2度目は、この感覚だったなあと面白さをあらため感じていました。
自分が感じたこと、自分の似たような感情の経験がどこかに重なると、その時の感覚が呼び起こされる、演劇を見る面白さだと思っています。

そして、「飛び立つ前に」は振り回されて、たどり着いた先に感じる
人生を飛び立つ前を表現した、ラストシーンの美しさが際立っていました。 
このラストシーンは忘れられないものとなりました。

老い認知症のアンドレを演じた橋爪功さん、虚実の境目をさまよう老父をそこに存在しているかのように、自然に演じられて凄かった。
認知症の方は実際こうなのか‥妻マドレーヌが亡くなったことを自覚する現実に一瞬もどる時の表情も、上手く説明できないのですが、胸に刺さりました。

アンドレに50年寄り添った妻マドレーヌを演じたのが、若村麻由美さん。メイク、姿勢、声、話し方、動きで老齢の女性を演じられ、可愛らしさがあり、強い頑固さもあるマドレーヌでした。
ただLaMère母 の時の素晴らしさを思いだすと、マドレーヌという役は10年20年後の彼女で見てみたいです。
最後、アンドレに話しかけるとき、声も動きも変え、美しく飛び立っていくのですが、ここが絶妙でした。


長女アンヌを演じたのは奥貫薫さん。
父の書いたものを整理しにきているのですが、彼女自身は夫婦関係が上手くいってない模様。
認知症のアンドレを抱える老夫婦の、1人となったアンドレの実際の生活を考えると、生真面目な彼女はなんとかしようと、老いた父にも正論をぶつけてしまう。そう言ってはいけないよ、と思いながらもそう言ってしまう彼女の気持ちが分かり苦しくなりました。
アンドレを施設に入れる選択をすることに対して、母マドレーヌはどう思うかを気に病んでいるのに対して、次女はそれ以外にないと割り切っているかのように言う。
私はアンヌの目線でかなりこの物語をみていて、彼女の葛藤に共感し、心が痛くなることが多かったです。

謎の女の剣幸さんはアンドレの秘め事をにおわせ、男の岡本圭人さんは土地をだましとる悪徳業者としてアンドレを攻めます。現実社会とはかけ離れた異質な雰囲気は、アンドレにとって頭の中ではこういう恐怖がおきている、妄想の世界の象徴のようなものなのかなと思います。お2人の雰囲気が回を重ねて似てきたように思いました。
剣さんが、がらっと雰囲気をかえ、介護施設の職員を、岡本さんは次女の恋人役も演じていました。

人生のラストは人様々。飛び立つ時にどう感じるのか。
私にはまだ老いて死にむかうことが想像できないのですが、その時に喧嘩するような相手がいたら人生は短く、孤独を感じるときに、長く感じるのかなと物語の中では感じましたが、それさえもそんなこともないよと思う気持ちもあります。
アンドレのマドレーヌが飛び立つ時のイメージ。あんな素敵なイメージを持ってもらえるマドレーヌに夫婦の関係を思い、羨ましく思う自分がいます。