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気のむくままに

観劇日記の様になってますが、気になりましたら、読んで頂けますと嬉しいです。

マイペースに更新しております。

続きです。

渡邉蒼さんの月
彼はハリーポッターを含むストプレを数本見たことがあり、お芝居は楽しみにしていましたが、歌も歌えるのですね。そして芝居歌。というかこの方の経歴調べたら歌えるはずだわ。
死神リュークが強いので、振り回されてる感も強いけど、蒼くんライトは、優等生なゆえに世の中を俯瞰している感じを最初から受けました。
それなのに一線を踏み越えた時の葛藤や、キラから月に戻ろうかと一瞬ゆれてる?と感じる時もあり、Lに追い詰められると苛立ったり、焦ったりもする。正義から狂気に目覚めたときの落差をゾクっとするほど感じました。
月の側にいる、浦井さんのテンションの高いリュークとリンクしているとも感じました。

三浦宏樹さんののLは、原作のイメージに近い感じがしました。テニスのシーンは驚く身のこなし。
キラを絶対つかまえるという意思の強さが目力に表れていました。
小池徹平さんのLが凄かったなあ。そんなことも思い出しながらも見てたかなあ。

弥海砂の鞘師さんは、化粧と髪型を変えたら可愛いのにと思うのですが。もったいない。
歌は高音が厳しいのかな。
今井清さんのお父さんが渋い声といい、素敵な大人でした。
アンサンブルの方々の歌がこれまた上手くて、驚きでした。

加藤清史郎君の月を今日見るはずだったのですが、風邪から咳が抜けず断念しました。
何より月がかわると、リュークが違うはずなのでそこが見たかったのですが。

デスノートは漫画のファンで、映画も楽しみました。どちらもだいぶ前に見たので記憶も怪しくはありますが、結末はどれも違うんですよね。
初演は10年前の「デスノート THE MUSICAL」ですが今回見て、
まず最初の学校の場面で、生徒の様子もですが、俵和也さんの先生が昔のような教師の絶対的な強さでなく、諭す感じというか‥
2025年バージョンを作るつもりはないと栗山さんが言われていたそうで、確かに演出は変わっていないのに、2025年に上演しているデスノート‥をここから感じ始めた気がします。 
名前を書くだけで殺せるデスノート、キラとして祭り上げられる熱狂‥
ネットで他人を叩くこと、社会的な抹殺、自殺に追い込む手を加えない殺人、倫理観、突然始まる戦争。

この作品の中に、生と死だけでなく、さまざまな愛と憎しみ、復讐、権力といった、人間が何年たっても変わらず抱き続ける感情や営みが、色濃く描かれていて、だから何年たっても今みても惹かれる作品なのだなと改めて思いました。

デスノートを人間界に落としてから、月を面白がっていた死神リュークが、キラになり、全ての愛を自ら捨ててしまった月を、この先つまらないとあっさり手放し見捨てた時の格差が強烈でした。

リュークが月の胸からりんご(心臓)をとりだして、なんの感情もなく言う言葉。
あそこは、「デスノートTHE MUSICAL」ならではの強烈なシーンだなあ。
浦井君がリュークを演じたことをぬきにしても、最後はリュークが持っているのが、ミュージカルデスノートだと思います。
そこからレイクエムにむけて、何を大事にして人は生きるのか。ということを問われていると感じました。
目に飛び込んでくる夜神月の父と妹の粧裕の姿がいたたまれない。

舞台、ミュージカルとしての面白さが沢山詰まったデスノートでした。