【脚本 演出】野田秀樹
【出演】阿部サダヲ、広瀬すず、深津絵里、大倉孝二、高田聖子、川上友里、橋本さとし、野田秀樹、橋爪功、安東信助、大村わたる、近藤彩香、白倉裕二、谷村実紀、田花遥、中澤聖子、中島多羅、八条院蔵人、引間文香、藤井颯太郎、間瀬奈都美、的場祐太、MISAKI、森田真和、吉田朋弘、横山千穂(スウィング)、菊沢将憲(スウィング)
⚠️内容にふれています。
これから観る方は、観てから読んでいただけると嬉しいです。
二度目に観て、最初とはかなり印象が変わりました。
一度目は見落としていた部分も多く、いつもの事ですが、今回はコンディションもあり驚くほど見落としがありました。二度目は、「こんなところでこんなことを言っていたのか」という言葉遊びの面白さや辛辣さも、より強く感じました。
一回目は、「じゅうど、じゅうど」と繰り返される言葉の嫌な感じや、「意思疎通できるかどうか」で人の価値が線引きされていく怖さが強く残りました。ラストの手話も、意味がわからないまま終わっていく感覚が不安で、どこか突き放されたようにも感じていました。
でも二回目は、「華氏451度」という言葉との繋がりも見えてきました。合理性や管理、科学や医療のおごりによって、人間を分類しようとする怖さ。その先に優生思想があるのだと思いました。
作品の中で繰り返される「じゅうど」という言葉も、人を切り分けるための言葉として響きました。医療の進化によって助けられた「タスケテ君」が「けいど」と呼ばれる場面には、命が助かったあとですら分類されていく残酷さを感じました。以前、障害者の中にもカーストのようなものがあるという話を聞いたことを思い出しました。
そして、「意思疎通できるか」が、人の価値や、生きていていいかどうかの線引きに使われてしまう怖さは、今回も強く感じました。
一方で、「病気の天使たちに、もっと怒れ」という言葉はとても強く残りました。障害や病気のある人を「天使」のように無垢で優しい存在として扱うことは、一見肯定的に見えて、実は怒りや欲望といった、人間らしさを奪ってしまうこともあるのではないかと思います。
また、聞こえていない母親が、「聞こえない世界の素晴らしさは知っている。でも、聞こえる世界の素晴らしさは知らない」と語る場面も印象的でした。自分の子どもに、どちらの世界で生きてほしいのか。その問いには簡単に答えを出せないと思いました。
そして今回いちばん響いたのは、「命は奇跡、命はだれにもわからなあい」という言葉でした。
科学や医療は、ときに命を分類し、評価し、予測できるものとして扱おうとする。でも作品は最後に、「命は誰にもわからない」という場所に戻っていくように感じました。
ラストの手話も、一回目は「わからない」という不安が強かったけれど、二回目はむしろ優しい終わり方に思えました。理解しきれなくても、説明できなくても、それでもそこに命があり、人がいる。そのことを、「わからないまま受け取っていいのだ」いや、「あなたは受け取れるか」と問いかけられているようでした。 「わからなさ」をなくすのではなく、そのまま他者を見ることができるかを問いかけている作品だと感じました。
また、独特のテンポ感や、言葉が次々と変化していく台詞の面白さ、スピーディーに展開していく物語にも引き込ました。役者たちの動きや、布を使った舞台美術も美しく印象的で、重いテーマだけでなく、野田さんの舞台としての面白さもしっかり堪能しました。
また、役者陣も本当に素晴らしかったです。
阿部サダヲさんは、物語の核になる存在感と自然さ、そして身体能力も凄くこの役は彼以外考えられないと思います。
広瀬すずさんは、彼女独特の透明感や思い切りの良さ、声の力が印象的でした。
深津絵里さんは、声と存在感だけで空気を変えてしまうようでした。
大倉孝二さんは、独特の面白さと毒気があり、登場すると自然と集中力が上がりました。
橋本さとしさん、高田聖子さんは、違う角度から物語を支えていたように感じました。
川上友里さんも持ち味を活かした役で魅力的、
そして橋爪功さんの、深さと軽さが同居した存在感も、素晴らしかったです。