「雪女と蟹を食う」に本当の絶望と救いを見た | まぶたはともだち

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最近はプロ野球もお熱です。

・雪女と蟹を食う #1~8

 

本日最終8巻が発売されました。

大団円を迎えたとはいえ、聞いたことない人も多いと思うので、まずあらすじをば。

 

痴漢の冤罪で捕まり、職も家族も全てを失い自暴自棄になった青年・北(27)は、ある熱い夏の盛り、敷金をふんだくられたアパートで首を吊ろうとしつつ、決行できないでいた。

ふとしたきっかけから、「どうせなら死ぬ前に北海道でうまい蟹を食べよう」と考えた彼は、ある美しい人妻を追いかけ家に押し入る。彼女が指にはめていた指輪を力任せに奪おうとするも、したたかな彼女に翻弄されてしまう。

強盗をくわだてた動機を聞かれた北は、冷や汗をかきながら正直に話してしまうが、彼女・雪枝彩女は馬鹿にすることも、警察を呼ぶこともなく、「私も食べたいです 蟹」と同調。

 

かくして北は彩女の運転する車に乗って、名古屋から二人きりで北海道を目指すことになる――。

 

 

ヤングマガジン本誌で連載が始まったのは、おととしの2月。

本誌では描き切れなかったようで、最後の2か月だけスマホアプリ「コミックDAYS」に移籍し完結。

移籍時、作者がツイッターで「読者の全身の水分が涙になってからからに干からびるくらい最高のラストにしますので――」と言ってて、いくらなんでも大げさすぎだろと思ったのですが、その数か月後、電車の中で涙と鼻水を垂れ流す自分の姿がありました。いや~あなどってました。

周りの人は突然スマホを見ながら泣き出したボクを見て、家族が急に死んだかこっぴどくフラれたかと思ったでしょうね。

ただマンガを読んだだけなのです。つまりはそれだけ力のあるマンガだったわけですが。

 

連載が始まった時、ボクは26歳無職でした。

北は作中で誕生日を迎え28歳無職になり、やがてボクも彼に追いつき、連載終了直前に28歳無職になりました。

(直後に就職決まったけど)

その辺も自己投影に一役買ったと思います。

 

"おかしな二人組によるロードムービー"と書くと青春映画っぽいですが、実際はそんな生易しいものではありません。

行く先々で日光東照宮とか、山形の銀山温泉とか、岩手の龍泉洞とかで、観光を楽しんでは旅館でがっつりセックスして、つかの間の充足感を得る。

しかしふと、相手や自分の歪んだ部分や、現実の過酷さが思い起こされ陰鬱な気分になって……というのを繰り返しながら、自殺するためのゴールに近づいていく。

インモラルで退廃的な雰囲気をふんだんに漂わせた物語です。

旨いもん食いながらイチャイチャしてるシーンとの落差が本当にすごい

 

「彩女さんはどうして 死のうとしてるの……?」

「…それはね…あなたと同じ理由よ」

 

「話したっけ…オレ…」

「…いいえ……細かいことは知らない」

……でもきっと 根は同じところにあると思う」

「…… ……オレは 分からないよ

あんたみたいな何でも持ってる人間が死のうとしているのかなんて……」

あなただって 健康な体が合っても働くのを放棄している

「…!それは……」

「ね 関係ないのよ お金とかそういう問題じゃないの」

 

旦那が構ってくれなくて寂しいなら 浮気の一つや二つしてやればいい!

 それで死から逃れられるんなら…」

「それは…本当の幸せじゃない…」

「…本当の幸せ……?」

「終わりにしたいの もう……

繰り返すこの日常を 私という人間の…つまらない…物語を…」

 

祈るように結んだ手が それ以上何も言うなと語っていた

蒼く照らされた洞窟が 氷で出来た修道院のように見えた

 

 

(4巻27話「祈り」より)

 

 

この龍泉洞のシーンが大好きというか、強烈に胸に焼き付いておりまして、自分も是非行きたいと2年近く思い続けているのですが、未だにかなっていません。

(映画化とかされないかなあ。でも旭川の雪の美術館、コロナで潰れちゃったからなあ……)

 

てか、龍泉洞のくだりでまだ27話なんすね。このシーンに至るまでも本当に色々あったのに。

全8巻、全69話ですが展開は特濃です。30話で早くも札幌についてからの息もつかせぬ急展開の応酬がすごい。

北の過去が描かれ、彩女さんの旦那の正体が明かされ、そして彩女さんの本質が描かれ、いよいよ後は死ぬだけ、となってからの怒涛の展開など……。

伏線を回収したらえらいというもんでもないけど、いやホント最後はすごかった。

語りたいことはいくらでもあるのですが、秘密が少しずつ明かされていくのが本作品の根幹なので、どこまで話していいものか難しい。

 

 

察しの良い方は分かるかと思いますが、彩女さんは本当に恐ろしいお方です。雪女と形容されるだけのことはあります。

彼女の秘密が明かされるたびに、「ああ、救いはないんだな」って都度思わされました。だからこそどういう結末を迎えるのか気になって仕方がなかったわけですが。

はっきり書いておくと「彩女さんは死んだけど北だけは生き残って彼女の分も強く生きることを誓いました」、なんてありきたりな終わり方ではなかったです。

繰り返しになりますが、本当に最後の展開は力がありました。もしこれを陳腐な結末だと思われたなら、陳謝いたします。

ただ間違いないのは、自分が最終回とエピローグで2回泣いたこと、ボクが「このマンガと出会えて本当に良かった」と心の底から思っていることです。

 

 

とはいえ作品の世界に入り込むまで10週近くかかったので、長らく人に紹介することを躊躇していました。

大学時代の友人と話すとほぼ100%の確率で「最近面白かったマンガは?」という話になるんですけど、言うべきか言わないべきか、毎回うずうずして結局言えない日々。

よく知らねえけど○ェーンソーマンとか○術廻戦ってやつは「面白くなるまで10週かかる」ってことないっしょ?単行本を配って回ってもいいけど、今どきそんなことしてもマルチ商法の撒き餌だと誤解されるだけだしな~。

 

ところがこのタイミングで、Kindleで2巻まで無料になったではないですか!

 

 

これで万事が解決。さあ読むが良い。


改めて考えてみると、自分は普段仲間を守るために悪い奴と戦うとか、複数の女の子にチヤホヤされるとか、そういう即物的なマンガばかり読んでるし求めているんですよね。

 

そんな自分が本当に良いものを、心が潤う作品をじっくり時間をかけて見定めたということは、得難い経験だったと思います。

俺も4月からのお仕事、自分のために自分を追い詰めない程度に頑張るぞ。