12年という時間。 | 海外ドラマにfallin love

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いつのまにか完全にレビューブログになってしまいました(笑)

1月17日・・・阪神淡路大震災が起こった日です。


私は阪神大震災のとき・・・


1才です。


地震が起きた日のこと・・・


地震の後のこと・・・


全然覚えていません。


私はそのとき京都に住んでいたのですが、


地震のとき・・・


食器棚のお皿やコップはすべて落ちて、


割れてしまったそうです。


私の周りの人たちの中に・・・


地震でを落とした人はいません。


でもその被害の大きさは、


いろんな場所で勉強させられました。


たくさんの人たちの命を奪った地震


私はそんな地震をこれからどう考えていけばいいんだろう。


と強く思いました。


阪神大震災で命を落とした人の数は約6600人


でも悲しみや苦しみの重さは何倍にもなります。


1人が悲しんだり苦しんだりすれば・・・


周りにいる家族や友だちや恋人。


その大きさは想像もできないほど、大きなものになっていく・・・。


それってすごく残酷で怖いことだと思います。


でもそんな不安や思い出を背負って歩いていかなければいけない・・・


負ってしまった傷は一生消えないのに。


忘れたと思っても、


どんどん押し寄せてくるのに。


自然の災害の被害を少しでも減らすためには、


一体どうすればいいのでしょうか?


日常の中で行うと言っても・・・


いつどこで起こるかもわからない災害のために、


身を震わせることなんてできないと思います。


だから私は思います。


まず守ること。


それは大事な人であったり・・・


自分であったり。


1番に守らなければいけないものは何なのか。


そんなことを考えたり。


周りで安全な場所はどこなのかを話し合ったり。


もしも何かあったときに待ち合わせをする場所を考えたり。


そんなことしかできません。


でももしかしたら、


そんなこと・・・と思っているような簡単なものが、


私たちを守ってくれるのかも知れません。


そんなふうに思いました。


そしてそれを信じることしかできません。


でも強い意思を持って信じていきたいです。


最後に・・・。


私がすごく考えさせられた、


「手紙」があります。


それは地震の被害でお父さんを亡くした、


4歳の女の子が書いた手紙です。


紹介したいと思います。



「パパへ


パパ、てんごくでなにしているの。


マーちゃんをおそらからみているの。


パパはじしんでてんごくにいっちゃったから、


もう、マーちゃんのおうちにはかえってこないの。


じしんのまえ、パパとおえかきしたり、


おうたをうたったね。


どうぶつえんにもゆうえんちにもいったね。


パパのくるまでおかいものにもいったね。


パパはマーちゃんがビールをいれると


おいしそうにのんだね。


また、おうちにきてくれたら


ほいくえんのおはなしもしてあげるよ。


おいしいビールのませてあげるよ。


てんごくにでんしゃないのかな。


マーちゃんおおきくなったらパパのところにいけるの。


それまでマーちゃんのことみててね。


パパ、もういちどマーちゃんをだっこしてね。」




こんなお父さんへの手紙です。


私は思いました。


こんなふうに・・・


を知らない。


そして純粋で真っ直ぐ。


そんな小さな女の子の言葉。


だからこそ、心に染みました。


悲しみを知らないから、


楽なのか・・・。


悲しみを知って、


背負っていくほうが楽なのか。


こんなふうに「楽」なんていう言葉を使うのはいけないのですが、


そんなことを考えてしまいました。


12年という月日・・・。


13年・・・14年・・・。


どれだけの月日が経っても、


1月17日という日を忘れずに・・・


考えていきたいと思いました。



それでは今日の詩を書きます。


「あの瞬間」


あの日。


あのとき。


君は一体なにを考えていたのかな。


苦しみ?


悲しみ?


それとも


希望?


もうわからない。


進んでいく時間を忘れることも


流していくこともできないから。


これはずっとずっと問い続けるのかな?


この星の上よりも


ずっとずっと遠くにいる君へ。