ピアノ講師がつぶやく 心の向き合い -9ページ目

ピアノ講師がつぶやく 心の向き合い

レッスンや人間関係の悩み、葛藤。そこから得た学びや氣づきを、心のままにつぶやいていきたいと思います。

こんにちは!


ピアノ講師のまめゆです目ルンルン


今日は、ちょっぴり

スピリチュアルな話になるかもしれません。



昨日は、娘のワガママに対して

「良い母親」じゃなくてもいいんだ

思えたことについて

記事を書きました。



一方、私の幼少期は…


私は、物心ついた頃から

「いい子」でないといけないと思っていました。



なぜなのかはわかりません。



ワガママを言って

親を困らせた記憶も全くありません。

(あくまでも、私の記憶の範囲内です笑)



とにかく、

「ワガママは許されない」と思っていたんです。


例えワガママを言おうものなら、

この家にいられなくなる…


断っておきますが

別に親に虐待されていたわけではありません。



けれども

そんな恐れや不安が

子どもの頃からずっとありました。


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今日は、その事について向き合ってみました。



すると、ある映像が浮かんできました。


それは

私の中の「いい子」の部分だけを集めて

ボールのように手のひらに丸めて

大事そうに抱えて

「これが私」と周りに見せている

自分の姿。



私は、

「全体の私」を

見ないようにしてた。



「いい子の私」なんて、

全体の中のほんの一部でしかないのに。



「いい子」の私をまとめたボールは、

水色っぽい色をしていました。


単色の私。



「全体の私」は、

色とりどりの色で溢れているのに

それを見ないようにしていた。

見せないようにしていた。



「いい子」の部分しか

価値がない、認めてもらえない

と思っていた。

そう自分に思わせていたのは、

私のエゴです。



本当は、「全体の私」そのものに

価値があるのに…。


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今日の向き合いは

ここまででした。



「いい子の私にしか価値がない」

(親から認めてもらえない)と思っていた

私のエゴの正体は何か?


そして、

全体の私、本当の私を

もっと感じること、

それを認めて全てを愛すること。



引き続き

向き合ってみようと思います。



また気づきがあったら

シェアさせていただきます!



最後までお読みいただき

ありがとうございましたラブ