こんにちは!
昨日はまるちゃんのお誕生日プレゼントの下見へ。
なかなかおもしろかったので、また描きます。
昨日の、
「親から連絡が来ないことに対してわたしがどうしようもない気持ちになる件について」なのですが
この冬休みで一応気持ちが落ち着いたので、日記にしておきます。
実家の犬、スコティッシュテリアのトトちゃんは今、虹の橋のたもとで遊んでいます。
冬休みに帰った時に、姿が見えなかったので
トトちゃんは?
と聞いたら
トトちゃんがおらん‥?
嫌な気持ちがよぎりました。
それから聞いた事は
夏からずっと体調が悪かった
何度もてんかんの発作をくりかえしていた
泡をふいて倒れることもあった(上記のことは聞いていた)
10月のある早朝に虹の橋へ向かったということ。
母は相当落ちていて、浮上するのに時間がかかったこと。
浮上してからわたしに伝えようと思っていたら、忘れてしまっていたこと。
あと、遠く離れているのに言うても変に心配かけるから、と、家族に言われたこと。
わたしが結婚してから、
トトちゃんは実家にやってきた。
トトちゃんと長男甥っ子は同じ年に生まれた。
13歳やった。
やから、わたしは直接トトちゃんと関わってはいない。
なので、母の辛い気持ちは到底わからなかったと思う。相当可愛がっていたことだけはわかる。
でも、
わたしは、みんなが2ヶ月以上経ってようやく元通りの生活をできている頃にその事実を聞いたわけで、
気持ちの整理がまったく追い付いてない状態で‥。
遠いから、いたずらに言っても心配させるだかやし、というのも優しい言葉ではあるけどわたしには辛い言葉である。
というのも、こういったことが初めてではなくて 以前にも、
例えば
祖母の入院
救急車で運ばれた
手術をした
父の骨折
母の入院
兄の入院
甥っ子が亡くなったこと
あとは、
わたしの可愛がっていた、小学三年生にクリスマスプレゼントでサンタクロースからもらった豆柴。
この子も虹の橋を渡ってしばらくしてから聞いた。
この、あとから聞かされることの残酷さは、聞かされたものにしかわからないいろいろな感情がごちゃ混ぜになるどうしようもないかんじなんよな。
ほんま嫌やし絶対やめて、と言ってもなぜか後に聞かされる。
行き場のない悲しみは、消化するのに時間がかかってずっと消えない、火の出ない炭のように燻っている。
続きます。





