血液がん・MDS治療記録 〜移植までの日々〜 -4ページ目

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実は、何年も前から貧血を指摘されていた

私は、毎年の健康診断で、毎回「貧血」という結果が出ていました。再検査が必要とのことで、家から近い病院の内科で、何度か再検査を受けていました。その病院には、血液内科はありませんでした。

 

最初はがんの可能性を疑い、CT、エコー、胃カメラ、大腸カメラなど、一通りの検査を受けましたが、結果はすべて正常でした。貧血の原因としてよく見られる鉄分不足も、検査では問題ありませんでした。
結局、原因は分からないままでした。それでも日常生活には支障がなかったので、特に気にすることはありませんでした。

 

当時の私は、血液のがんについての知識がまったくなく、骨髄検査という検査があることすら知りませんでした。

 

さらにさかのぼると、15歳のとき、友人と献血に行った際にも、貧血のために献血ができませんでした。
今になって振り返ると、この長年の貧血は、骨髄異形成症候群(MDS)と関係があったのかもしれないと考えています。

 

原因の分からない貧血が続いている方は、一度、血液内科で相談してみることをおすすめします。早く見つかれば、体への負担が少ない段階で対処できる可能性があります。

始まりは、スポーツ中の息苦しさ

2026年7月、友人とスポーツをしているときに、これまで味わったことのない息苦しさを感じました。心臓か肺のあたりから、締めつけられるような苦しさでした。

 

少し休むと回復したので、そのときはさほど気にしていませんでした。ただ、振り返ってみると、最近は少し息苦しさを感じることが何度もありました。

 

あまりにも経験したことのない苦しさだったので、翌日、自宅から近い病院に電話をしました。すると、すぐに系列の病院を紹介され、急いで受診することになりました。

血液検査で分かったこと

私は、心臓か肺に異常があるのだろうと思っていました。


ところが、採血の結果を受けて血液内科を受診することになり、赤血球・白血球・血小板の数値が、どれも通常の半分以下になっていると告げられました。

 

医師からは、骨髄異形成症候群(MDS)、再生不良性貧血、または白血病の疑いがあると説明され、3日後に骨髄検査を受けることになりました。

 

(息苦しさの原因は、赤血球が減って、体に酸素が十分に運ばれなくなっていたためでした。詳しくはMDSの記事で説明しています)

人生初めての輸血

骨髄検査の日、検査の後に、人生で初めての輸血(赤血球)を受けました。

数年前に妻と別れてから、私は3人の子どもたちと暮らしています。子どもたちは、まだ誰も自立していません。


末っ子は高校1年生です。お弁当はできるだけ手作りにしてあげたくて、毎週土曜日に、1週間分のおかずをまとめて作るようにしていました。
小さな会社を経営しながら、仕事と家事に追われる毎日。自分の体のことは、いつも後回しでした。

 

点滴の管を通って、赤い血液が少しずつ私の体に入っていきます。
ベッドの上で一人になったとき、ふいに涙があふれてきました。

 

がむしゃらに走ってきた自分の体を、ようやくいたわる気持ちになったのか。
それとも、子どもたちのことが心配でたまらなかったのか。

 

今思い返しても、何の涙だったのか、はっきりとは分かりません。
ただ、「自分は重い病気なんだ」という現実が、あの赤い血液と一緒に、静かに体の中に流れ込んできたような気がしました。

MDSの可能性が高いと告げられて

骨髄検査から1週間ほどたった7月末ごろ、検査の所見から「骨髄異形成症候群(MDS)の可能性が高い」と言われました。

その2週間後に正式な結果が出て、専門の病院を紹介されました。
 

ただ、専門の病院は外来が混んでいて、予約まで3週間ほどかかり、受診できたのは8月後半でした。

 

7月末にMDSと言われてから、8月後半に専門の病院を受診するまでの約1か月。私はただ待っていたわけではありませんでした。

 

※このブログは個人の体験の記録です。治療については必ず主治医にご相談ください。

 

 

【用語解説】骨髄異形成症候群(MDS)とは ― 患者の私が理解したこと

【用語解説】複雑核型とは ― 染色体の異常が3か所以上ある状態

 

 

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