前の記事からの続きです。
※病理解剖を肯定する記事になります。受け入れられない方は読み進めないでください。
長女
が亡くなって半年が過ぎた頃。
長女の主治医から連絡がありました。病理解剖の結果について、おおまかには以前伝えた通りだが、より詳細に説明をしたいという話でした。
主治医と会うのは、別れの日以来。
いつまでも心に残る姿。
亡くなった当日、休みだったのでしょう。パジャマ姿、髪もボサボサで長女の治療をしてくださっていた。そして長女を連れて帰る日、初めて見た涙…。
私は、毎日長女を偲ぶことで少しずつ自分を慰めてきました
でも、今も病院で子供達と一緒に病気と闘っている医師や看護師達は?
医師や看護師の闘いに終わりはありません。一人亡くなる度に心に傷を負って、それでも続けてくださっている…
別れの日に感謝の気持ちは伝えましたが…
改めて、お会いして感謝を言いたいと思っていました
説明当日。
久々の病院。長女
にとっての家。主治医はかわりなく、お互いに笑顔で挨拶することができました
説明は、得られた情報から他の病院の医師達とも検討を重ね、結論付けたという詳細な内容でした

長女が亡くなった原因は主治医にも経験がなく予想が難しいものであったこと。今後は繰り返さないため、長女の情報を様々な場所で共有していくこと。心臓病児の未来に繋がっていくこと。
気づけば涙が溢れていました
そう。そうだったの…。
病理解剖しても、わからないまま終わることもあるでしょう。結果が出ても、役に立つのは何十年も先の話かもしれません。
それを覚悟していただけに、予想を超える答えに辿り着いた驚き、長女の闘った短い人生への感動、いろいろな感情が駆け巡りました。
こんな答えが、結末が、待っているなんて。
長女ちゃん、本当によく頑張ったね
そして亡くなった今も、これからもずっとずーっと、貴女は仲間を救い続ける。
なんて子なんだ


長女ちゃん、貴女を誇りに思うよ。
いつまでも愛してる
私は、病理解剖を推奨している訳ではありません。するもしないも、全ての選択に間違いはないと思っています
あくまで私の例ですが、して良かったな、と思った話をさせていただきました