淡月に無手の書を託して1ヶ月ほどたった。

ある日のこと、マルスはソフィアの街で市民の治療をおこなっていた。ケガや病気の治療をおこなうこともヒーラーとしての大切な仕事である。

「マルス様、ありがとうございます」

「いいえー、お大事に」

冒険者としてクエストに赴くことも好きではあるが、いつかはのんびりとこうやって片田舎で治療でもしながら過ごしたい……そんな願望を持つマルスであるが、当分は無理そうである……



「マルス様!うちの子たちが!」

突然の声に振り向くと、ケガをした子どもたちが運びこまれてきたではないか。

「なにごとです?」

「私たちもよくわからなくて、街の外には出ないように言ってあるので魔物ではないと思うのですが……」

「とにかく治療を!そこに寝かせて!」

子どもは2人。マルスは水の精霊の力を借り、容態を確認する。青く光る目には2人の状態が映る。

(まずいな……2人とも急を要する状態だ。1人は私がヒールで何とかなるとして……くっ、こんなことならダブルスペルをらんなに教わっておくんだった!)

「ヒール!」

ひとまず1人にはヒールをかけるマルス。しかし、そうなるともう1人には手の施しようがない。

(誰かにらんなを呼びに行かせるか。しかし、それで間に合うのか?)

頭の中でありとあらゆる方法を模索するマルス。だが、どれも時間がかかりすぎる。

ひとつだけ方法はあるのだが……そんなことを考えているところに聞き覚えのある声がした。

「師匠、どうされたのです?」

淡月だ。おそらく報告か何かのためにマルスのところに来たのだろう。淡月はその場の状況を見て察したらしく、

「こちらは私が持たせます。まずはその子を!」

「わかった。すまん」

と言いつつも、魔力を扱えない淡月がどうする気かと思った瞬間、淡月の両手に光が集まる……

「集気功!」

(これが気功術!すごい光だ!)

子どもの出血が止まり、顔色が血色を取り戻す。

(これなら、こっちのヒールが終わるまで持ちこたえられる!)

マルスは、片方の子どもにヒールを終えた後、淡月と交代し、もうひとりにも治療を施した。

「ありがとうございます、何とお礼を申したらよいやら。本当にありがとうございます」

両親は、大粒の涙をこぼしながら、頭を下げる。

「いえいえ、この淡月がいなければ、2人とも助けるのは不可能でした」

「と、とんでもない!お役に立てて何よりです」

あわてて返事をする淡月。だが、その顔は誰かを助けられたことへの誇りを感じられる。


その帰り道、淡月と色々気功術について話をマルスは聞いた。

「気功術というのは、体内の気を任意の部位に集めて外に放出したり、身体能力を高めたりするものなんです。さっきのは、子どもの体内の気を集めて、自己治癒能力を高めることで体力の低下を防いだんです」

「なるほど。扱うものが魔力なのか気功なのかの違いだけで、根本は近いものがあるね」

「はい。ただ、気功術には魔法にないものがありまして、ちょっと特殊なんですが……」

と言いかけたところで目の前に誰かが現れた。が、それは人……のようなものである。

「市民……ぽいけど、違いますよね?」

淡月はマルスに確認する。

「いや、市民だが、中に魔物が取り憑いてる!」

すでにマルスは精霊の力を使って見ていたようだ。しかし、見ることはできても……

「だが、まだ取り憑かれた市民は生きてる!魔物を追い出せば助かる!助かるが……」

その方法がない……とは言えなかった。諦めたくはないという気持ちとどうしようもないという気持ちで揺れ動くマルスに淡月はハッキリと答えた。

「私がやります!」

淡月は、足に気功術を施したようだった。

「疾風怒濤・極!」

次の瞬間、淡月は魔物に取り憑かれた市民のふところにいた。そして、その光を今度は右手に移し、手のひらを相手にそっと当てた。

「光波……」

そうつぶやいた淡月の手のひらの光は市民の体内にスッと入り込んだかと思うと、ドス黒い何かが出てきて、空に消えていった。

「淡月、今のは?」

にっこり笑って淡月は答える。

「今のが魔法との違いです。体内に気を送り込んで浄化できるんです。特に大がかりな魔法陣も必要としませんので、便利ですよ」

あっさりとやってのけたが、とんでもないことを彼女はしたのだ。そして、彼女はひとつの命を守ることができたのだ。

「ところで師匠……?」

「いや、その師匠はやめてくれないか?」

「いえ、師匠のおかげで冒険者として街や仲間を守れたわけですから、師匠です」

「何も教えてないんだがなあ……」

「いいえ、教えてもらいましたよ!諦めないこと、工夫すること、努力すること!」

淡月は続ける。

「だから、師匠の仲間のひとりに加えてもらえませんか?」

「それは大歓迎だ!」

にこりとするマルス。

「では最初の仕事だ!」

「何でしょう?」

「ギルドメンバーにメシおごる約束してるから、メンバーと一緒に食いに行くぞ!」

「はい!もちろん師匠のおごりですよね?」

「師匠にたかるな……」




彼女は後に「錬気の拳士」と呼ばれ、戦闘だけでなく、市民の治療などでも力を発揮し、市民にも慕われる存在となる……



※この物語は全てフィクションです。場所名や人物名は同名なだけであり、実際のプレイヤーとは異なります。