malta執持録2026-1-22

『我が人生の帰趨』kindle版、幻冬舎、2025年より

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「しんしんや 聞き分けられぬ 耳一つ」

 

人は、世界のすべての声を聞いて生きているわけではない。

むしろ、聞こえたものだけで、世界を理解したつもりになっている。

耳の衰えは、そのことを静かに、しかし確かに教えてくれた。

 

 

古希を過ぎた頃から、左耳が次第に聞こえづらくなり、

やがてほとんど音を失った。

 

残された右耳も低音難聴で、

人の声やテレビの音が聞き取りにくいことがある。

 

日常生活に大きな支障はないが、

会話では聞き違いや思い違いが増え、

妻から指摘されることもしばしばある。

 

対人関係では、意識して耳を澄ますよう努めている。

 

それでも聞き返すことがあり、

知らず知らずのうちに迷惑をかけているのかもしれない。

 

その一方で、一人で過ごす時間には、

思いがけない安らぎがあった。

 

世の音から距離を置けることで、

かえって心が澄み、

観世音の心境に近づいたように感じられることがある。

 

とりわけ早朝。

 

冷たく澄んだ空気と、

ほとんど音のない時間。

 

ただ静かであるという以上に、

静寂と精神が溶け合い、

感覚が冴えわたるような瞬間が訪れる。

 

そのとき、ふと浮かんだのが、

 

しんしんや

聞き分けられぬ

耳一つ

 

という一句だった。

 

人間は本来、

世界のすべてを聞き分けることなどできない。

 

それどころか、

聞きたいものを選び、

聞きたくないものを遠ざけながら生きている。

 

耳の衰えは、

その事実を身体のかたちで、

私に突きつけてきた。

 

難聴によって、

音は単に小さくなるだけではなかった。

 

低音は消え、

音は歪み、

高音だけが過剰に響く。

 

世界の聞こえ方そのものが、

変わってしまったのである。

 

この音の偏りは、

そのまま情報の偏り、

ひいては判断や思考の偏りに

つながるのではないか。

 

そんな不安と自戒が、

この一句の奥底には潜んでいる。

 

「しんしん」という冬の静寂の季語に、

世界の多声性を

聞き分けられないもどかしさを重ねた。

 

「耳一つ」は、

身体の事実であると同時に、

思想の偏りへの警鐘でもある。

 

一方向からの声だけで、

世界を理解したつもりにならないこと。

 

聞こえないものがあることを、

自覚したまま生きること。

 

音のない音に耳を澄まそうとする、

その不完全な姿勢こそが、

人間らしさなのかもしれない。

 

すべてを聞き取ることはできない。

 

それでも、

できる限り多面的に、

世の声を観ていきたい。

 

冬の静けさに、

その願いをそっと託した一句である。

 

文献

「1802年10月,ベートーヴェン(1770~1827)が32歳の時に書いた『ハイリゲンシュタットの遺書』(大築邦雄訳、『ベートーヴェン』、音楽之友社)には、聴覚障害ゆえに一時は死をも思いつめたベートーヴェンの苦悩が綴られている。

 弟たちに宛てたこの手紙のなかで、ベートーヴェンは自らの聴覚障害について、「6年このかた不治の病におかされ、つまらぬ医師たちにより、一そう病を重くされ、年ごとによくなる望みにあざむかれ、遂に慢性の病となった」、「生まれつき情熱あり快活で、交際も楽しむ自分が、若くして退き、孤独な生活を送ることになったのだ。時にはすべてを乗りこえようとしたが、おお、耳が悪いことから、いつも二重の悲しい思いではね返されてきた」と語る。医師の勧めに従って田舎暮らしをするなかで、遠くの笛の音や牧人の歌が聞こえないという経験をしたベートーヴェンは、「ほとんど絶望し,あわや自殺しようともした」のである。だが、ベートーヴェンはその直後,「ただ芸術だけが僕を連れもどした」と語る。彼は、「自分に課せられた創造をすべてやりとげるまでは、この世を棄てることなどできぬと考えたのだ」として、聴覚障害に伴う心理的な危機を芸術に対する使命感によって乗り越えたと言うのである。

このように、べ一トーヴェンは音楽家にとって致命的とも思える聴覚障害に悩み、世間から孤立して一時は自殺を考えながら、自分にはこの世でなすべき仕事があるという思いが自分を支えたと語っている。

年末になるとよく演奏される第九『交響曲第9番ニ短調作品125“合唱”』(苦悩を突き抜けて歓喜に至れ)にも、ベートーヴェンがシラーの詞『歓喜に寄せて』に感動し、曲をつけようと思い立ったのは難聴に悩まされ始めた頃、完成時には既に聴力を失っていたとされる。「苦悩を突き抜けて歓喜に至れ」。第九に込められた思いが沁みる」

(高橋正雄:ベートーヴェンのハイリゲンシュタットの遺書運命と障害受容.総合リハ 31巻5号:.490-490,2003.)