malta執持録2026-4-4

(丸田和夫:随與録.根源的生命.その窮極的真実に生きる、文芸社セレクション、2026)

 

 

長く続けてきたことほど、疑わなくなる。

けれど、その確かさの奥に、危険性が忍び寄る。

 

車を手放す前のことだ。

運転中、ふと考え事に沈み、ハッとする瞬間があった。

 

「あ、危ない」

 

幸い、何事もなかった。

だが、冷や汗の奥で、ひとつの言葉が浮かんでいた。

 

昔取った杵柄なれど、努々過信することなかれだ。

 

長く続けてきたことは、やがて体に馴染む。

意識せずとも、自然にできるようになる。

それは、本来、よくできた仕組みだ。

思考の負担を減らし、人を軽やかにする。

 

けれど、その軽やかさの中で、

いつのまにか、別のことを考えている自分がいる。

手は動いている。

だが、心はそこにいない。

そのわずかな空白に、

見過ごされるものが、確かにある。

 

長く生きるほどに、

できていたはずの動きが、わずかに遅れることがある。

 

「できるはずの自分」と、

「いまの自分」とのあいだに、

目に見えないズレが生まれる。

 

それでも人は、

できているつもりのまま、続けてしまう。

だからこそ、ふと思う。

あの頃の、ぎこちなさを。

一つひとつ確かめながら、動いていた時間を。

 

「いま、ブレーキを踏んでいる」

「いま、左を見た」

 

そんなふうに、

動きを言葉に引き戻してみる。

確かめるように、ゆっくりと。

できることほど、あえて丁寧に。

慣れたことほど、もう一度、手や足の中へ。

 

かつての不確かさを、

いまの自分に、少しだけ残しておく。

それが、これからを生きるための、

静かな技術になる気がしている。

 

補遺

(丸田和夫:我が人生の帰趨.kindle版、幻冬舎、2025)

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