malta執持録2026-1-24
『我が人生の帰趨』kindle版、幻冬舎、2025年より
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老いは、音もなく忍び寄る。
それは、肉体の衰えではなく、魂が収まっていくようなものか。
老いというものは不思議なものだ。いつの間にか忍び寄ってくる。
ふと気がつけば、頭には霜雪、目には蚊が飛び交い、耳には蝉が鳴く。
歯は朽ち、腰も折れ、膝も曲がる。立てば「よっこらしょ」、座れば「どっこいしょ」。
あの人この人みな代名詞、家の鍵をかけたかどうかも怪しくなる。
――これらは、年を重ねれば誰もが経験する老いの現実だ。
だが、老いとは単なる退行ではない。
むしろ、長い人生の歩みの中で培われた知恵や洞察が結晶し、
人は翁のように、扇状地の広がりを見せながら発達を続けていく。
それが、心理学でいう「結晶性知能」である。
言葉や経験、理解力や洞察力、そして創造力。
それらは新たなものを生み出す力であると同時に、
自らを客観視し、受け容れる力でもある。
やがて、人は寿命の有限を深く悟り、
どうにもならないものを受け入れる老いの勇気を得る。
そのとき、理屈を超えた世界がふと開ける。
それは、ロゴスでもエトスでもパトスでもない。
言葉を超えた絶対の真理――無限な心の救い。
老いとは、心の旧里へと至る道である。
避けて通るものではない、あたわっていくものなのである。
そしてその老いが、心を救うのだ。
文献
「頭髪が白くなったからとて〈長老〉なのではない。ただ歳をとっただけならば“空しく老いぼれた人”と言われる」
(中村 元訳:ブッダの真理のことば 感興のことば.岩波文庫、1978)
「朝に紅顔ありて、夕べに白骨となれる身なり」(「御文章」5帖16)
(大谷光真:朝には紅顔ありて.角川書店、2003)
「若者は幻を見、老人は夢を見る」(使徒言行録2:17)
「主を畏れれば長寿を得る。主に逆らう者の人生は短い」(箴言10:27)
「力は若者の光栄。白髪は老人の尊厳」(箴言20:29)
(聖書.新共同訳、日本聖書協会、2009)
「Non eadem est aetas, non mens(齢同じからざれば、心もまた同じからず)」
(プラトン著、久保勉訳:ソクラテスの弁明・クリトン.岩波文庫、2007)
「学ぶのに年を取り過ぎたということはない(Never too old to learn.)」
(セネカ:書簡集(故事・俗信 ことわざ大辞典.小学館、昭和57年)
「老いがもたらすものは喪失と寂寥ばかり?いや、老いたからこそ知る自己発見の驚き、人と分かち合う喜びが、そこにある」
(立川昭二:年をとって、初めてわかること.新潮社、2008)
「人は老いて人を知り、人は病んで人生を知るといえるでしょう。人は病において、人間は他者に差し向けられた存在であることを悟るのです」
(佐藤三千雄:生老病死の哲学.本願寺出版、2006)
「50歳からでも〈脳力〉は伸びる!」
(佐藤眞一〔監〕:「結晶知能」革命.小学館、2006)
「青春は長く、老年は短い」
(ダウエ・ドラーイスマ著,鈴木 晶訳:なぜ年をとると時間の経つのが速くなるのか.記憶と時間の心理学、講談社、2009)
「年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いる」
(サムエル・ウルマン著、作山宗久訳:青春とは、心の若さである.角川文庫、平成8年)
「百歳を過ぎて生きることとはどういうことなのか。一つには、別の立場から客観視している自分と向き合うことなのかもしれません」
(篠田桃紅:一〇三歳になってわかったこと.人生は一人でも面白い、幻冬舎、2015)
(丸田和夫:随與録.~根源的生命 その窮極的真実に生きる~、文芸社セレクション、2026年2月刊行予定)