こんなことなら、

トライ(挑戦)なんて・・

しなきゃよかった!!

 

時々、私はそう思います。

そして今日もまた、私はそう思っている最中です。(笑)

 

トライ & エラー を沢山すること!

沢山挑戦(トライ)して、沢山失敗(エラー)すること!

 

この言葉をモットーにしている私でも、エラーを出せばその度にみます。(笑)

 

 

では子ども達は?といえば・・・

分単位で、「トライ & エラー」繰り返す日々です。

そのすざまじさたるや、もはや爽快としか言いようがありません。(笑)

 

 

そんな子ども達の日々繰り返される「トライ & エラー」を見ていると、その スピードは、まさしく成長のスピードだと思えてくるのです。

つまり成長には、この営みが必要不可欠なのだとわかるのです。

 

(だから、私は子ども達のこの姿に憧れて、「トライ&エラー」をモットーにしているのでしょう。(笑))

 

とはいえ、

エラー(失敗)したくて、トライ(挑戦)する子どもは誰1人としていません!

(笑)

 

 

当然、成長とともに「見通す力」も備わってきて、

「もしかしたら、できないかもしれない・・」

という思いを持つことはあるでしょう。

 

それでも最後は、一縷(いちる)でも望みが感じられるから、トライ(挑戦)するのです。

 

◆それにしてもよくもまあ、次から次に、トライ(挑戦)しては、エラー(失敗)するよね・・・

◆疲れないのかね?

◆学ばないのかね?

 

なんて、たまに大人の目にはそう映ることもあることでしょう。(笑)

念のために、その時の子ども達の声を代弁するとすれば・・

 

★そりゃ、失敗したら凹むし、嫌な気持ちになるよ!

 

★さすがに俺らも、失敗したくて挑戦はしないよ!

 

★え?失敗しているように見えてるの?

 

・・でしょうかね。(笑)

 

成長には、日々のトライ&エラーが、どうしたって必要です。だからこそ、子ども達と付き合う私達は、子ども達のトライ&エラーの営みを邪魔することを避けなければなりません。

 

トライ(挑戦)したことを賞賛することも良いかもしれませんが・・・私が思うに、きっとポイントは、エラー(失敗)をした時にあります。

 

 

「あー、こんなことならトライ(挑戦)なんて、しなきゃよかった!」

 

 

言葉にはしないそのを十分に理解して寄り添うこと!


エラー(失敗)は、トライ(挑戦)の賜物であること!


エラーかどうかを決めるのは、他人じゃない!ということ!

 

 

最低限、そんなことを抑えておけたら、また子ども達は日々の「トライ&エラー」成長の糧(かて)にしていくことができるように思うのです。

 

そしてもし・・・

大人も子どものペース「トライ&エラー」ができたのなら、何歳になってもグングン成長していけるのだろうな・・

と思う今日この頃です。

 

「ねえ見て!見て!

ダンゴムシいっぱい見つけたよ!」

 

従姉妹の4歳になる男の子が、庭で見つけた大量のダンゴムシの入った袋を従姉妹に差し出して、

嬉しそうにこう言ったのです。

 

すると従姉妹は・・・

 

大人「おー偉いね!

沢山、退治したんだね!

じゃ、その(ダンゴムシの入った)袋はそのまま、外のゴミ箱に入れておいて!」

 

「・・・・。」(絶句)

 

幼児教育に携わるいわゆるプロであったなら、この言葉を発することはないでしょう。

 

◆子どもの発見を大切にし・・・

◆子どもの喜びに共感し・・・

◆この機会を学びにつなげようと、ダンゴムシと触れ合う時間を確保し、観察してみたり、生態を絵本で調べてみたし、飼育してみたり・・・

 

きっと、保育に携わる人ならそんな基本的反応をすることでしょう。

当然、教育的観点があってこそのプロですから、それはそれでいいのですが・・。

 

しかし、

これはこれで悪くない!

と私はこの時、思ったのです。

 

彼にしてみれば、想定外の反応をされて絶句した「・・・・。」の時間ですが、視点を変えてみると、ここには別の大事な意味があると感じたからです。

 

きっと彼はこの時、想定外の反応をされて、彼なりに必死に頭を働かせて考えたことでしょう!

 

それでも、彼は答えにたどり着けませんでした。

 

そして彼には、疑問が生まれるのです。

 

「どうしてダンゴムシが悪者にされるのか?」

 

目の前のダンゴムシが、

 

にとってもは、魅力的な生き物

従姉妹にとっては、害虫

 

になってしまった訳ですから・・(笑)

 

幼児教育で、

 ”命”

を扱っていると、しばしば難しさを感じることがあります。

それは、発達段階ゆえに、どうしても子ども達にとって理解の難しいことがあるからです。

 

例えば、

食物連鎖

子ども達が見つけてきた”おたまじゃくし”を園で育てていてカエルになった時、”生き餌”が必要になります。

 

害虫

何となく見た目は似ているのに、クワガタは歓迎されて、ゴキブリは疎まれる現実。

害虫は「農業害虫」「衛生害虫」「不快害虫」に分類できること。

 

 

「命は等しく平等である!」

 

と、感情的に理解している子ども達に対して、「命の大切さ」と同時に「自然の摂理」「人間固有の価値観」を伝えることは、非常に難しいのです。

 

それでも、意図的・計画的・組織的に行われている教育の現場では、それらを子ども達の発達段階に応じて、伝えていく訳ですが・・・。

 

しかし”真の学び”に必要なことは、プロ集団に囲まれていることではないと思うのです

 

自らの問い

 

こそが、真の学びに向かう原動力だからです。

 

ですから、想定外の反応をされた彼が、自分なりに理解をしようと頭をクルクル働かせたことで生まれた問いこそが、”真の学び”スタート地点と言えるのです。

 

学びに向かう力

 

は、今、教育現場で非常に大切にされていることです。

 

ですから、この視点に立ってみると、自らの問いが生まれたこの瞬間は、結構いい瞬間だと言えるです。

 

ただし、

ここで意味のある問いが生まれたとしたら、彼と従姉妹の間に確かな

 

信頼関係

 

があったからに他なりません。

 

もしも信頼関係がなかったなら、ただの否定になってしまい、もっといえば人格否定につながり、子どもの自己肯定感を削ぐだけの出来事になってしまいますから・・・。

 

改めて、人が育つというのは複雑”だと思うのです。

 

もしその育ちの過程の複雑さを補う方法があるとすれば、"多様性" が許されている環境なのかもしれない・・・

と思った5月の連休なのでした。


ちなみに…

彼はダンゴムシをゴミ箱に捨てることはなく、従姉妹に交渉していましたので、ご安心ください。(笑)

 

 

 

「OK!

 チャチャっとやっちゃうね!」

 

インフルエンザで、1週間休んでいた年長5歳児に・・・

 

たまった製作物をやろう!

と伝えた時の一言。

 

私の心に、この子ならチャチャっと1週間分の製作物を作れる! 巻き返せる!

という思いがあったのは事実でしたが・・・

 

子どもに笑顔で言われて、改めて思ったのです。

 

幼児教育で子ども達に伝えるべきは、そんなことなのか?

と・・・・。

 

当然、チャチャっとやっつけ仕事をすることを教えることに幼児教育の本質はありません。

 

幼児教育では、子ども達が1つ1つに思いを持って取り組む姿勢を育み、それを保育者が支援していくことが大切なことです。

 

私は、本質から逸脱していた自分に気づき、自戒の念襲われたのでした。

 

仕事に追われていると、時々大切なこと見失うということに気づかせてくれた一言

 

「チャチャっとやっちゃうね!」

 

今もなお、この言葉が私を大事なところに引き戻してくれるのです。