流ノ介は程なく帰ったが、栞の心は重いままだった。何も手に付かなくて、縁側に座っている。
丈瑠はあの話を聞いてどう思ったのだろう。流ノ介は丈瑠に何を話したのだろう。全てを知ったのだろうか。頭が混乱して、何から考えればいいのかさえ分からない。
床の軋む音がして、栞が顔を上げる。丈瑠だった。
栞は名前も呼べず、ただ唇を噛んで俯いた。丈瑠が栞の隣に座った。
「流ノ介は悪いやつじゃないが、曲がった事が嫌いなんだ。止められなくて悪かった」
謝られて、栞が丈瑠を見る。
「流ノ介様から、父の事を聞かれたのですか?」
栞は一番の懸念を問う。
「俺は、志葉の血筋ではない。ただの影だった。俺が当主になって反発する者もいて当然だ」
栞は丈瑠をただじっと見つめる。
「何故屋敷へ来た?」
丈瑠に静かに訊かれ、栞が唇を噛んで目を逸らした。
「私は、命令されて来ただけです」
丈瑠が小さくため息を吐く。
「そうだったな。栞は命令されて俺と結婚するんだったな。ならば」
丈瑠が栞を見据えた。
「流ノ介と結婚しろと言われたらそうしたのか?」
栞がはっと顔を上げて、丈瑠を見つめる。
「・・・流ノ介様の事は、父が勝手にした事です。流ノ介様だけではなく。・・・でも、もう丈瑠様の許嫁になった後の話です」
言い訳をして何になるのだろう。それでも丈瑠に誤解されるのは嫌だった。
「悪かった。関係ないなこんな話」
丈瑠が目を逸らして立ち上がりかける。
栞は丈瑠の顔に浮かんだ表情を信じられない思いで見つめていた。怒ってる?
丈瑠をこのまま行かせたくなくて、早く何か言わないと丈瑠が行ってしまう。と、栞が焦って口を滑らせた。
「・・・私が許嫁になりたいと思ったのは丈瑠様だけです」
丈瑠が驚いた様に栞を振り返り、栞も自分の口走ったことに驚く。
二人とも、瞬きもせずにしばらくの間見つめ合ってしまってから、栞が口を押さえて、そのまま部屋へ逃げ帰った。
その後を見送っていた丈瑠が、やがて小さく笑った。