座敷から出た流ノ介が、久しぶりの屋敷が懐かしくて縁側から庭を眺めていると、買い物から帰ってきた栞がやってくる。
「流ノ介様、お話はお済みですか?」
屈託のない笑顔だ。丈瑠もこの笑顔に騙されているのだろうか。疑いにかかると、すべてが疑わしくて、丈瑠の様に信じることは出来ない。
「栞さんは、お父上のされていることをご存じなのですか?」
直球で聞く。栞の笑顔が消えて、狼狽の色が浮かんだのを見て、流ノ介が自分の疑いに確信を持つ。
「なぜお屋敷に来ているのですか?」
流ノ介が畳み掛ける。
「流ノ介様は何をご存知なのですか?丈瑠様に何をお話ししたのですか?」
栞の気がかりはそれだけだ、丈瑠は何を知ってしまったのだろう。
「話してはまずい事だったのですか?それは生憎でしたね。あなた方の好きなようにはさせない。殿の事は私が守ります。大体、あなたのお父上は、私の所へもあなたの縁談を持ってきました。父が断ったから殿とは、節操がなさ過ぎます」
「・・・・それは、父が勝手に」
したことだ。影にやるよりはまだ由緒正しい池波家の流ノ介にやった方がいいと、栞の父が流ノ介の父親に話を持ちかけたが、丈瑠を影と知らない流ノ介の父親が、殿の方が相応しいと固辞したのだ。栞の父親がそんな話を持ちかけたのは、流ノ介だけではない。栞も、流ノ介がその中の一人だった事は忘れていた。さっき、流ノ介のフルネームを聞いて、思い出したくらいだ。
「流ノ介」
背中から丈瑠の低い声がして、栞が凍り付く。今の話を聞かれたのだろうか。丈瑠には聞かれたくない話だった。怖くて振り返る事もできない。
流ノ介も、困った顔をしている。栞が自分の父親が固辞したから丈瑠の許嫁になったなど、殿様大事の流ノ介にとってはばかられる話だった。
丈瑠が近付く気配がする。栞は丈瑠の顔を見る事が出来ず、足早にその場を去った。
「申し訳ありません、殿」
流ノ介がその場にひざまずき、丈瑠はそれより去っていった栞の方が気になったが、仕方なく流ノ介に目を戻す。
「今の話は、言葉のあやと言うか、本当に何でもないのでありまして、もう栞さんが殿の許嫁になった後の話です。どうか、お忘れください」
「構わない、気にするな」
必死に言い訳する流ノ介に、丈瑠は小さく答えた。