花房さんこんにちは・・・
高齢の主婦です。私の姿を見ればわかりますね。
私の夫はもう10年も前に他界しまして、いま私は息子夫婦と孫に囲まれ、日々の小さな不満もありますが、それと同じくらいの小さな幸せもあり、なんら波乱もない老後に落ち着いております。
きいてほしいのは、私の結婚生活でたったひとつ夫を許せなかった一言です。
ええ、今でも許せません。もし、あの一言がなかったら、と思うと悔しいくらいです。
花房さんがご存じのとおり、私は夫にとって二番目の嫁です。
夫には、許嫁がおりまして、夫は学校を出てその幼馴染と結婚しました。親の決めた相手だったそうです。結婚してすぐに戦争がはじまり、夫は徴兵され出兵しました。そして、戦争が終わり、生きてかえってみるとこの嫁が病気で亡くなっており、子供がいなかったので私がこのうちに次の嫁として嫁いだのです。
御覧のとおり、私は美しくもなく、気のきく方でもないので愛されようと頑張ってこの家に尽くしました。舅姑ともうまくやり、子供も4人生んで独立させました。夫も、威張るようなものの言い方をすることはあるものの、優しかったと思いますし、子供が幼いころはこどもの遊び相手になり、しかるときはきっちり叱り、よき父親でありました。
夫は退職後数年で具合が悪くなり、発見されたのががんでしたが、末期で自宅にもどり、自宅で息をひきとりました。最後のひと月はほんとうに寝ずにそばにいて、手を握ったり想いで話をしたり十分でした。
しかし、夫はある日の深夜、私の名ではない女性の名を呼んだ。そして、その翌朝息を引き取っておりました。きいたことも一度もなかったその名の人物は、最初の奥さんの名でした。
花房さん。
くだらないとお思いでしょうが、聴いてください。
私は、そのあと、夫の遺品を整理しているときに、何十年も前に亡くなっているその女性の写真を見ました。
正直に言います。こんな不器量なわたしよりも、もっと醜い容姿の女性です。
若き日の夫の横で白無垢のその方に、激しい嫉妬心を抱きました。
その方より愛されていなかったなどとは、思いません。夫は、夫として十分でした。なのになぜ、こんな醜い感情がわいてくるのでしょうか。
言葉は悪いですが、かの女のおかげで私は夫と暮らせたのです。
姿を見るまでは、感謝すらしたこともあります。
夫の死の瞬間に、かの女がお迎えに来ていたのでしょうか。
女は、いやですね。
夫の過去にまで嫉妬をするなど、それもこの歳で・・・ああ醜い。
子供たちも、誰も知りません。
おっとの涅槃のきわに、何十年も前にこの世をさった前妻が立とうとは。
聴いてくださってありがとうございます。
まいにち、お経をあげています。いい人になりたくて前妻のぶんも。
この、矛盾した相反する感情が浄化する日はくるのでしょうか。
関係したその命は、すでに絶えているというのに。
私だけが、こちらの人ですね。
それではまた、気持ちが混乱してきたころお話きいてください。
2010.8の月。ききみみにて。
(本人の承諾のもと、内容がかわらぬ程度の加工をしてあります)
花房灯子