こんな深夜にこんばんは(おはようございます?)、花房です。


みなさま、いつも貴重な人生をおきかせいただきまして、有り難く思っております。


最近は「サイトに相談内容を公開してもかまいません」といった方が少なく、雑記や花房の人間への考えなど、つらつらと書いておりますが、アクセスしていただいている方、どうもありがとうございます。


今回も、眠れない暁時の徒然で恐縮なのですが、そんな感じのひと頁となります。



花房は、人間にとても興味があるのでこれまで様々な人生をのぞき見してまいりました。最初は、自分のこと。そして、家族のこと。級友のこと。近所の家族や団体のこと。

社会に出れば、その社会を作っている人間のひとりひとりのこと。


16歳から、26歳まではSM(セックスの前戯のような、裸になったり男性が射精したりする風俗SMではなく、西洋の奴隷制度を取り入れたかたちのもの)にかかわって、ごく表面的な一部ではありますが人間の体のしくみをみてきました。

それで興味をひかれたのが、その精神性と行動でした。


それでもSM業界にかかわっていたその10年間のなかで、SMだけを仕事にしていたのは1年半くらいでほかはなにもしてなかったりなにかとかけもっていたりでしたが、一般企業に就職し家庭環境もかわりまして、

今ではSMにまつわる悩みの相談を聴いたり、すこし変わった恋愛の相談(占いが必要であれば占いをつかって)鑑定したりの日々です。


一般には、社会人ですので、こちらは会社がおわったあとやお休みの日に活動しておりますが、やっぱり人間って面白い、愛すべき愚か者であります。


老若男女、ともかく“経験は宝”です。



とくに、愛情のつらい経験は、経験したほうがいいです。


死にたくなったり、絶望したり、自らのこころも体も傷だらけでおまけに人を傷つけたりもしますが、

それでも、生きてるうちは誰かを愛したほうがいい。


自分の内側から湧いて出る感情ならば、大事に、それに従うべき。



人間は、白黒つけたがりがちなので、だいたいこういう内容を話せば「ストーカーになってしまいそうで」だとか、「あの人の欲望のために苦しめられてしまう」とかになってきますね。

極論に走ってしまうわけです。


愛していたら、なにをしても愛ゆえに許されると考える。


間違っているとか、正しいとかは一概にいえません。愛は、それぞれの形があって、おなじものはひとつとしてないですし、同じ人の、同じ人物への思いであっても、昨日と今日ではもう違うのです。


愛情を含め人間は、矛盾したいくつもの感情や状況を同時に持つことがあります。


それを、受け入れる勇気、そのちからを持つのです。





まさに、恋愛はそれです。


つらいけど、うれしい。苦しいけれど、幸せ。







何だってそうですけど、そこに今あるものや出来事を受け入れることができなければ、どこにも行けません。

占いや、人生を語るにおいてその先に“幸せ”がなければ、そのやりかたはよくないのです。


占いや人生相談を、「今、ダメな自分や状況」の「ダメな理由探し」にしてしまわないことです。

気付くこと。そして、それから方向を定めて、進むこと。

必要あらば、捨てること。

それらの作業を進めるにあたって、占いや人生相談を開運の道具の一つに利用していただきたいと思います。


世界を変えるには、まず国から。

国を変えるには、まず地域から。

地域を変えるには、まず家族から。

家族を変えるには、まず自分から。






しかし、

過去と他人は変えられない。のです。

だから、自分と、未来を創ってゆくのです。

わたしたちは、これからです。




ながながと、思いつくままに書いてしまいましたが、読んでいただいてありがとうございます。今日のあなたの一日が、よきものでありますよう。





本日は休日をつくり、わたしの実家に祖父を見舞いにいきました。


私の実家は400年以上続く本家の、長男でつながってきた田舎の農家です。

祖父は人格者で、人の面倒をみることに人生をかけてきた人間です。


保護士をながくやっていて、ぐれて犯罪を犯した少年の世話をしたり、民生委員をして地元の生活のささやかな助けをしたりしてきました。


私が幼いころ、同級生の母親が男をつくり妊娠して夫に追い出された時も、その同級生の幼い妹、兄弟とその当事者本人をうちに泊めたりしていました。


「どうしたら子供ができるかくらい、大人ならばわかるだろうに」

と、その母親をきつく叱っている声を聴きながら眠りにおちた日のことも忘れていません。


子供が出来ずになやむ夫婦の相談に乗っていたその夫婦のご主人が若くしてなくなったときの奥様が自殺未遂をしたときにも、その女性を見舞って、あるときはうちに泊まってゆきました。


男と出奔して戻された女子高校生を、その両親から預かり、その女子高校生はひと月ほどうちで過ごしていたこともありました。


家族が犯罪に巻き込まれたときは、その加害者を「殺してやりたい」と

熱い意志を見せたこともある祖父が、倒れて・・・


私にとっては尊敬すべき、そして思春期には疎ましいと思って反抗し倒した祖父でした。



16歳で家を出て、世間を知り、様々な経験や愛を知って今に至る私が想うこと。


祖父は立派である。






いつも穏やかで、ときおり激情を見せることもあった彼だが、そこにはいつも人間としての愛があった。





まだまだ至らない。至らないことだらけだが、私も、そうありたい。















花房灯子

2010、8末。


うちに