花房さんこんにちは。占いをしてほしいのです。

私は28歳の女で、会社員です。医療事務をしています。短大を出て8年、ずっと同じ医院です。

恋人はいわゆるコンパで出会った人で、同じ年です。

6年の付き合いですが、だいたい2年ごとに浮気が発覚して別れ、またよりをもどすの繰り返しできましたが、2年前の浮気の時相手が妊娠して、ひとの夫となってしまいました。


そのときも別れました。でも、よりをもどしてしまったのです。

私は、奥さんとなった女のところへ毎日電話をして、彼女がでると切る、を繰り返したり、家までいって、怒りにまかせて彼女を貶めるような発言を繰り返しました。

そして彼女は妊娠4か月で死産しました。100パーセント私のせいだと思います。


彼も私をののしり、彼女にいたっては呆けてしまい心療内科にかよっているそうです。それでも、彼とまた体の関係をもち、週に一度はあっています。

本来なら自己の愚かさを反省して彼の家庭から立ち去ればよいのですが、それができずに人ころしまでしてしまいました。


それなのに、社会的に罪に問われなかったことに安堵してなのかなんなのか、どうしても「こうなったのは彼のだらしなさだ」「あの女がわるいから、子供が亡くなったのは女の自業自得だ」とすら思えてしまうのです。


うらなってもらいたいのは、今後のふたりの関係とあの女の関係もありますが、それよりも私自身のこの考えが、人間として正しい感情であるのか、それとも罰をうけるべき間違った感情であるのかそれを知りたいのです。


私の言っている意味がわかりますでしょうか。よろしくお願いします。











雨が続いております。


この女性は電話での鑑定でしたが、声色も話し方も非常におちついており、まさか色情に狂いつきまとい行為の末に一つのともしびを消すような人間には思えないくらいでしたが、それだけ色情の念とはものすごいものなんだと、若いころのわが身を振り返る思いでした。


彼女の生活を聞いておりますと、ひとつところに長く勤め、目下のものの指導もうまく上司や患者さんとの関係も非常にしっかりしておられるように見受けられ、そしてそれが“恋人との諍いがあってこそ”日常生活の様々がうまく回っているようでした。


占いは東洋の占星術をいくつか複合で行いましたが、そちらでもやはりどこかに傷のある激しい恋愛をしてこそ、生華やぐ星。ただ、今回の彼の奥様の悲しみを思えば、人間としては身を引くべきとお考えでしょう。


一つの消えてしまった命の重さを背負って生きますか?

あなたは、傷がなければ生きていると実感できないタイプの人間です。その傷が、あなたよりもあなたの周りについてしまってもそれが生の実感になるのです。

そのかたたちの気持ち、心を涙が出るほどリアルに想像できて、

それでも彼がいい・・・と、あなたの魂が感じるのならば、今のまま熱い逢瀬を重ねて生きていけばいいと思います。


占い結果としては、あなたと彼は傷つきあいながら非常に強い力で引き合う星まわりです。

彼と奥様は、星は違えど同じサイクルで巡る星、縁が深く、一度婚姻を結んだのであればあなたのために離婚することは考えにくいです。

彼が、奥様を支える関係性ですし、今奥様がこころを患っておりその原因が自分にあることも彼はよくわかっているため、肉欲におぼれていられる若いうちはともかく、今後はあなたよりも奥様のほうへ、こころの上で、人としてのこころの方向から奥様のところへ向いていくでしょう。


そうなったときにあなたの執拗な執着は、今度こそ社会的な刑罰へと向かうでしょう。


自分が悪かったと、心からおもえない。

そうでしょうね、いまのあなたのこういった行動や、彼や、奥様の関係性から、まだどこか被害者だと思っておられるようでした。


運勢で見ますと、ちょうど今年は分かれ道です。

今後、あなたがどのような人生を歩むかは今ここでの決断にかかっているということです。星の性格から、あなたは仕事に生きたほうがより充実した人生を送れる星ですから、恋人を捨てて、新しい土地で新しい仕事を一から始めることが望ましいと思います。

社会運では、ここ1~2年で今勤めて居られる職場で大きな動きがあり、それにより疑問・不満を抱えながら勤めを続けるか、それともきっぱりやめてあたらしい仕事をはじめるかの選択を迫られる場面がやってくるでしょう。


あなたの今の状況、3年以内の総合運からいって、そのタイミングを待たずして今過去を捨てる行動を起こすことは、必ずしもマイナスにはなりません。




あなたは、自分は一般的な人間より他人の痛みがわからない人間である、ということを自覚して生きていくことが必要です。頭がよく、精神的な、こころの内面が描かれたものなどの医学的な勉強もしているとおっしゃっておりましたが、

人間どれだけ知識を詰め込んでも、経験しなければ感情はわかりませんし、つらさせつなさは、その人にしかわかりません。

だから、想像力が必要なのです。


不幸が同じ程度の出来事にみえても、自分はそんなにつらくないから、この人もそれほどつらくないはず、と判断するのが危険だということです。



占いで言う力関係ですが、あなたが破壊される側で、彼が破壊する側です。

別れの主導権は完全にあちら側にありますが、それはあくまでも占いの話。占う人間がこういうのもおかしな話ですが、

あなたはあなたの人生を考えて、そしてあなたのまわりの人間のこころを思いやって、今立ち去ったほうが結果的によいと思われます。



そして何年もしてから、今回のこと、あともう一つの出来事にたいしても、「あのとき、ほんとうに自分が悪かったのだ」とこころから思うことができるはずです。

今は、まわりがなにをいってもあなたは自分が悪いことをしたと、頭以外で(こころから)わかることはできないでしょう。









今日はわたくし花房のことについてすこし書こうと思います。


SM経験を生かした対人についてのコーチング、東洋占星術などに加えて“ききみみ”というものを行っております。


名刺を交換させていただいたり、広告を受け取っていただいたときに結構な割合で


「花房さん、この“ききみみ”というのは、なんでしょうか?」


と戸惑いまじりの笑顔で尋ねられます。

見て文字通りなのですが、それは「ただ話を聞かせていただくことです。」ということです。


「それは仕事なのですか?」


いいえ、ききみみは趣味のようなもので、したがって料金などは発生しませんし、お茶も割り勘です。(お茶はいつも割り勘ですけど^^;)


今はいらっしゃるかどうかわからないのですが、何年も前に、大きな駅などのひとの集まるところに「話聞きます」の手作りの看板を置いて座っている人間がおりました。


その方は、100円で立ち止まる通行人の言いたいことを、ただひたすらずっと頷きながら聞いているのです。それだけなんですけれども。


それの、喫茶店バージョンです。


ひたすら聞きます。


ただ、私の意見は言いません。頷いて、あなたの人生を聞かせていただくだけです。

語るかたが、話す最中の最初と矛盾した内容のことばを話したとしても、ずっと頷いて話をきかせていただくだけです。


なにか意見をともとめられても、「私もそう思うよ」といった内容しか答えません。基本、話をきくだけです。ききみみは、単なる耳であって、思考や口じゃありませんから意見を言ったりしません。


生活と本業があるので、さすがにこれは週に一にち、おひとり1時間までと決めて人生を聞かせていただいているのですが、

結構需要があるのですね。


それだけ、話したい人と聞くことのできる人の差がある、ということでしょう。


ここでいう、「聞く人」は、意見を言わない人です。意見であれ、発言することで聞く人は「話す人」に変わってしまい、それまでに話していた、「話したがった人」は「聞く人」になれるわけではなく、「(意見を)聞かされる人」になってしまうからです。






花房灯子は、あなたの人生を ききます。











「人間」に興味をもったことは、やはりここからきていると、私は思っております。




花房です。皆様こんにちは。


ある迷い人が相談にやってまいりまして、とにかく不安に取りつかれている、と言いました。

彼女は30代で結婚しており、子供はおりませんがご主人ともうまくいっていて、同居の義理の両親とも、ほんとうになんの気兼ねも不満もなく暮らしている。

しかも、彼女の仕事も順調で、こまかい問題はときおり起こるものの、すぐに解決して仕事仲間との絆や信頼が深まったりと、ごく普通の問題のない、むしろ恵まれている環境にあるといいます。


なのに、数か月前から毎日がとにかく不安であると。


いつか、なにもかもの歯車が狂って、すべてを失う上に誤解をうけ、マイナスの評価に人生転落していくのではないか、という妄想に取りつかれ、それをぬぐうことができないのだといいます。


なぜ、突然そのような考えに取りつかれてしまったのでしょうか。





お話としては、「どうすればよいでしょうか」ではなく、占ってほしいとのことでした。が、私はこのかたのお話を聞くことがとても重要と思い、「その前に人生の話を聞かせてください」と語りました。

彼女は、「2度にわたって、花房さんにはこれまでの人生をお話ししております。なので、今後を占っていただきたいのです」とおっしゃいました。


幼いころの話をもう一度聴かせていただきました。

すると、5歳で兄弟が生まれるまで一人だった彼女の話がなにかおかしいことに気付きました。彼女には、幼くして亡くなった妹がいたのです。

その妹が、ずっと彼女と遊んでいたのでした。


こういった魂的なお話は繊細なことですので、扱うのには非常に神経を使いますが、人間の脳というのは不思議なもので、忘れた記憶も、何十年もたって感情の端っこに影響したりすることがあるのです。


妹さんの生まれた日が判明しているので、彼女との関係を占いました。



とても縁があり、妹さんから彼女への影響が大きい星でありました。

死してもなお、姉を頼り、無念を訴え、時折姉を通じて男性にときめいたりする強い魂です。

問題は、彼女の母親がなくなった妹さんを充分に供養していなかったことにありました。



ここから先は、私にはどうすることもできないので、知っている住職さま(彼女の家が仏教の家計だったため)をご案内させていただき、今回の相談はおしまいになりました。




その後、彼女から連絡があり、母親による妹さんの供養が終わったこと、漠然とした、それでいて大きかった不安感が、和らいだことなどを聞きました。









生まれてきて、感情があり、その命がいまも続いているということ、これはたんなる事実で、意味があるのかどうなのか問われたら、偶然かも知れないし理由づけして必然かもしれませんし、私はわかりませんが、

こころに沸き起こる強い感情、それがみにくいものだったり、間違ったものだったりしても、それに悩み振り回されることこそ生きている躍動ではなかろうかと思います。


贅沢です。


感情など、贅沢です。


生態系のほとんどの生命は、生まれた意味など考えずに食って排泄して交尾して、または分裂して増やして死ぬ。ただそれだけ。


命とともに与えられたのですから、人間はこの贅沢を、存分に守ったらいいと、私は思います。