think aloud -39ページ目

死ぬなんて軽々しくいうものではない、と思った

そう思った。

ユキがいる間、私はどうにかなっていた。
だから、冷静な判断も決断も出来なかった。
そして、様々な物事を失った。
信頼も。
それは、また、来年からスタートだ。

東京に居た時に、
あまりにもどうしようもなく、
「真理はもう死にます」
と、実家に電話をしてしまった。

そして、今、佐世保にて、母から話を聞いた。

私がまだ幼少の頃、父の音楽の仕事が上手くいかず、職を失った時期があったらしい。
その中、父は死に場所を求めて彷徨っていた。
幾日も行方不明だった。

そして、一本の電話が母に入った。
「生命保険をかけている。
 それで、母子二人、生きていきなさい…」
そう言われた母は、父を説得し、父は帰って来た。
疲れ果て、ボロボロの凄まじい状態だったらしい。
手には一升瓶が一本。
それを母と二人、静かに呑んだらしい。

それ以来、父はアルコールを断っている。
その事実を初めて聞いた。

涙が止まらなかった。

だから、父は命の重みを誰よりも判っているのだと思う。

SASEBOにて

今、SASEBOに来ています。
ユキは東京に置いてきました。
恐らく、ユキはどこかに行くでしょう。
皆様には、ご迷惑とご心配をおかけし、大変申し訳ございませんでした。
来年は、諸々と動きがあるでしょう。
その際には、暖かいご支援、宜敷くお願い致します。
御礼は必ずさせて頂きます。

音楽は素晴らしい

某日。
K氏とお茶。
ユキの件もあり、かなりの状態の悪さで向かった。
ノーメークだし、好みの格好ではなかったからだ。
人見知りなので、かなり緊張。
でも、お話しして行くうちに、共通の音楽の話題で接点があり、かなり驚いた。
まずは映画の話。
私、爆裂都市大好きなんですよ。
あの映画は相当良い意味で狂っている。
良い音楽が溢れている。
町田町蔵にロッカーズ、スターリンときたもんだ。
頼れるものが、音楽と映画と本だった私。
やはり、80年代から90年代初頭の日本のインディーズシーンは見逃せない。
P-MODELが、かつて今はなき芝浦でやったときにはわざわざ長崎から東京までかけつけた。
K氏がその時絡んでいたのには驚きでした。
そして、筋肉少女帯。
キンショーですよキンショー。
大槻氏の世界観には圧巻。
当時オールナイトニッポンは毎週欠かさず聴いていました。
キンショーでね、やっぱり好きだったのはエディのピアノ。
それから、人生。
じゃがたら。
江戸アケミさんは最期まで、アーティストだったなぁ…
そして、ボガンボス。
どんとは、本当、ショックでした。
ボガンボスも鍵盤最高だったね。
跳ねるような弾き方。
大好き。
我が父のジャズ全盛期のプレイスタイルに少し似ています。
やっぱり、音楽は最高ですね。
K氏には我敬愛するチバユウスケ@ROSSOのシャロンをおすすめしたけれど、今考えるとBOOGIEがK氏には合っているような気がしました。
今度おすすめしてみよう。

追悼ーJB様

先日、FUNKの代名詞とも言える、JB氏が天国へ旅立った。
私は、氏により、本物のFUNKを知った。
きっと、JBはみんなの心の中に永遠に生き続ける事だろう。
そして、FUNKも続いていくんだろう…
JB様、天国で、先に旅立ったアーティストとセッションしてください。

色々あるけれどそれは私だけじゃない

そう思ったら、気分が楽になった。
世の中、困っている人は沢山いる。
食べるもの、着るものにも困っている人が居る。
幸いな事に私は五体不満足だが、生きている。
その事に感謝。
諸々、立て込んでいて、お言葉にお応え出来ずに済みません。
必ずさせて頂きますので宜敷くお願い致します。

今度は止めないよ

昨夜、またユキが暴れた。
というよりも、もう、私の範疇を超えている。
もう、預れない。
私の中で
「今度出て行った時は止めない」
と、決めていた。
「どうして、そんな冷たい顔が出来るの?」
「どうして、独りにするの?」
などと言われたが、首を横に振るしか無かった。
挙げ句の果て、ユキは出て行った。
と、出て行ったのは良いが、どうしても気になってしまい、警察に保護を頼んでしまった。
またもや漁師。
ユキの遠縁の親戚が、さいたまにいると薄らと覚えていたので、そこへ連れて行ってくれるよう警察に頼んだ。
しかし、駄目だと言われた。
このマンションは私の名義なので、ユキが私の許可なく、此処に居る事は罪になると言われた。
なので、
「どうぞ、お連れ下さいませ」
と、言ったのだが、どうやら日本語が理解出来なかったらしく、ユキを置いてとっとと出て行ってしまった。
警察はユキが被害者だと思っているようだ。
やれん。
本当にやれん。
アメは現在入院中・・・・
今年中に解けよ!呪縛よ!

またもや漁師

昨夜、またもや漁師の世話になった。
そう。
警察。
ユキの保護だ。
今度は刃物を自分の心臓に押し付けている。
これは私の力ではどうしようもなかった…
早くアメの元へ帰さねば…

札幌にて〜日本ハムファイターズ記

11月18日

ユキとアメの呪縛から逃れるべく、日本ハムファイターズの優勝パレードへ向かった。
朝一番で大通りで降り、パレードを鑑賞する場所を確保へ。

何故、パレードへ行ったかと言うと、約束をしたからだ。
元々、ロッテファンであるワタクシ。
今年の最終戦はファイターズ戦だった。
それはモロ選手の引退試合でもあった。
試合は見事ロッテが勝った。
負けたファイターズのサポーターへ向かってロッテのサポーターは皆叫んでいた。
「絶対優勝しろよ!アジア一になれよ!」
その声援が届いたのか、ファイターズは見事アジア一になった。

それとは別に拙宅の近所にファイターズサポーターなら知らない人は居ない和菓子屋さんがある。
「船橋屋」さん。
ファイターズの上田元監督と交流が深いおじいさんとおばあさんがやっている下町の舖。
ある日、急に甘味が食べたくなり、駆け込んだ。
そこで出たのがファイターズの話題。
色々な写真を見せて頂き、お話を聞かせて頂き、おまけに、観戦チケットまで頂いた!
本当に感謝です。
その舖に北海道へ行くと、旅立つ前に告げに行った。
足の悪いご主人は生憎今回のパレードへは行けない模様。
そこで私は写真を沢山撮ってくると約束した。
そういった訳で、パレードへと赴いたのだ。

時間も迫って来て、人が増えて来た。
周囲で号外を読んでいる人が増えて来た。
そこで、勇気を振り絞って隣の家族連れに
「あ、あのう、済みません、その号外はどちらで手にされたのですか?」
ときいてみた。
すると、その場所からは、遠い場所で配っている模様。
行けませんね…
思わず口にした言葉。
「嗚呼、パレードを観に東京から来たのに残念だなぁ…」
すると、何て良い人でしょう。
そのご家族が号外を下さった!!!!
前に居たおじいさんも
「わざわざ、東京から~、じゃぁ、わしの分も持ってお行き」
北海道の皆さん!良い人過ぎます!!
そのご家族とはパレードがやってくるまでファイターズの話をした。
やはり、ファイターズは北海道民に夢と希望と勇気を与えています。
来年入ってくるであろう、ドラフト生についても私の知る限りの範囲で教えてあげました。
ダース君の事とかですけど。後は早稲田の豪腕ピッチャー。
あっという間に、時間になり、パレード開始。

目の前にヒルマン監督がやってきた!
思いっきり
「ヒルマンさ~ん!!!」
と、言うと例の
「イチ・ニ・サン…シンジラレナ~イ」
をやってくれた。
その後、バスがやって来て、ガッツがいた。
みんな
「いかないで!!ガッツ!!」
と叫んでいた。
次のバスにはSHINJOはじめ、ヒチョリ!
「ツーくん!ツーくん!」
と、声をかけるとこちらを向いてくれたのでパチリ。
他の方にも声がかかると、素敵なスマイルを。
ヒチョリは生憎反対側だったので、見えませんでしたが、ここは、ひとつ
「ヒチョリ~~~~~!!!」
と、呼ぶと気付いてくれたのでパチリ。
お宝画像が満載になりました。
紙吹雪も作って行ったので、周囲の方にも配ってまきました。
もちろん、終わった後のお掃除は必須ですね。
道民が一致団結した素晴らしいパレードでした。

11月22日

さぁさぁ、ファイターズ選手が北海道中を駆け回る二日間のはじまりです。
本当はヒチョリの赴く稚内に行きたかったのですが、遠すぎて断念。
札幌にて行われるダルビッシュ投手と八木投手のトークショーに行きました。

数時間前には到着し、なるべく見える場所を確保。
時間も迫り、人も凄い勢いで増えてきました。
時間になりそうだったので、後ろに居る、ちびっこに
「前においで、よくみえるよ」
といって前に出してあげました。
そういった行為は最低限のマナーですよね。

トークショーの時間になり、本人到着。
最前列にいたのですが、オバサマたちの勢いでモッシュ状態でした。
目の前を通り過ぎる、ダルビッシュと八木…
聞きしに勝る背の高さに驚愕。
完璧なるピッチャー体型。
ダルビッシュはトークは苦手なイメージがあったのですが、以外にも喋っていました。
試合にユニフォームを忘れた時に借りた時のエピソードも(笑)

後ろの方に女子高生が居たのですが、
「マジかっこいい~ありえな~い」
とか、
「ダル~結婚して~」
とか、
声が凄かったですね…
確かにダルビッシュは素敵な容姿を持ち合わせている。
しかし、その投球術は更に素敵だ。
一度投げたら忘れない球種の多さ。
マウンドでの勝負師の眼。
容姿で判断するのもよかろう。
黄色い声を出すのも大目に見よう。
ただ、思うのが
「キミたち、野球好き?」
という事。
野球選手は、かなりの容姿を持っている。
だから、好きになってしまうのもわかる。
でもね、私は、それを通じてでもいいから、野球と言うスポーツに興味を持ってほしい。
そう願います。
すべての野球ファンに栄光あれ。

ユキと私について

あるひとが、
「どうしてユキにそれほどこだわらなければならないのか」
という内容のコメントを下さった。
設定を説明しよう。
ユキと私の出会いはかれこれ15年近く前になる。
言わば、腐れ縁。
一時期はユキも調子が良い時があったが、ある時を境にユキの人生が変わってしまった。
そこで、面倒をみているのが私。
突き放したいのはヤマヤマだが、ユキの母、アメの事を考えるとそうも出来ない。
嗚呼、薄情になってみたい。
だが、それも今月まで。
詳しいお話はそれからにしようじゃないか。

某人へ

一年間DVを受けていたというブログを書きましたが、
「さすがはmarry
 バカじゃん」
という、まことに素晴らしいコメントを頂きました。
まぁ、このブログには、呆れている人も多いかも知れないですね。
でも、その某人のコメントには疑問が多い。
勝手に消えて勝手に戻って来て、コメントを残す。
こちらの状況も判らず。
それは如何なものでしょうか。
某人が食べるものにも困っている時、私は一週間分の食料を直ぐさま運んだ。
某人がお金に困っている時には、自分の事はさておいて、直ぐにお金を渡した。
別にそれに関して、お礼なんていらない。
感謝もいらない。
友人として当たり前の事をしただけだと思うからだ。
ただ、私は、命を助けて貰ったりした人にバカだなどという言葉は使わない。
それだけなんだよね。