僕たちが昔居た「街」へ行った。
小学生の時に通ったプラネタリウムは既に無く抜歯した虫歯の跡のよう。大人の振りして初めて恋人とキスした公園は浮浪者のテント村。
20年前は道路の端のゴミまで覚えた一体感は、完全に失われている。それなのに、魂が消えたままやっぱり「街」は継続している。
不連続とか突然変異な物は何も無い。ただひたすら継続しているようなのに、その新しく無さが逆に不気味によそよそしい。
君が消えて「僕たち」はいつのまにか「僕」になった。
映画「猿の惑星」で自由の女神を見つけた人のショックはこれか。取り戻せない時間を感じるのはこんな時なのか。
Yahooのニュースみていたら、衝撃的な見出しがあった。「14歳上原奈美ヘソ出し熱唱」
上原奈美が何者なのかは当然知らないし、知らなくても年代ギャップとは感じないのだけど、場所が「東京・ラフォーレ原宿前特設ステージ」で「ヘソ出し」って凄い寒いぞ。これはまいった。
昨日2月26日、一部は雪がふっているような状況だよ。歌を歌うのであれば腹筋って凄く大切で、成功させようと思ったら毛糸のパンツも辞さない気持ちでやりたくなるのが普通と思うけど。恐らく勢い一発、若いって凄い。この一点だけでも「大人びたパフォーマンス」じゃ全然ないぞ。
 とある掲示板で、私の事が「変人」と紹介されてました。
変人....ねぇ。ある種好感を持って書いてくれている(と思いたい)のですが、語気から言えば、怪しくて薄暗い、ややもすれば、少女誘拐でもしそうな勢いにとられそうで「それほどでもないぞ。」と一人気にしたりするわけです。
 で、辞書引いてみました。

へん‐じん【変人・偏人】
言動や性格に普通の人とは変わったところのある人。変わり者。「奇人―」


 なんだ、たいした事ないじゃん。「普通の人とは変わった」ってだけなら
むしろ少し格好良かったりもするかな、さらに読み替えの「偏人」位なら多少自覚症状もあったりして...。と、ついでに調べると、

きじん 【奇人/▼畸人】
性質や言動が常人と異なっている人。変人。


 こりゃまずい。この解釈では 奇人=変人 ですが、
やはり奇人と言われるとへこむぞ。いかにもやばそうだ。
だって、明らかに違うじゃないですか「常人と異なっている」じゃ。
 私の最初の思いは、「奇人」にこそ向けられる物ですね。断じてイコールではないぞ。
 辞書で調べる限り、同義のようですが、私の心のなかでは、
「偏人」少し格好良い。アナーキー。俺。
「変人」例えば、パンツのままうろつく。ポカリスエット以外の飲み物を口にしない。
「奇人」例えば、意味無くドッグフードを燃やして吸う。
    その上刃物を持ち出してきて、手品を披露する。

という、一筋の序列があります。これからは「偏人」と紹介されたいものだ。

 ちなみに、「もの喰う人々」でおなじみの、いたく格好良い文章の辺見傭さんですが、最近BOOK-OFFで買ってきた「反逆する風景(97年)」では、「輝ける陽根」と題して10ページもかけてバングラデッシュ人の自慰行為を描写して、現実の世界の無意味な無垢さをつきつけていました。
のですがこういう人も「偏人」なんでしょうね。
今思えば、「変、妙」 = 「辺見傭」のアナグラムなんでしょうか、結構うなづいちゃうけど。

 最近は、おたくの人やSMの人とかホモの人とかは、「変人」とは言われずに、「普通」むしろ正直で素直のようにとられる向きもあるから、「【変人・偏人】」の定義に寄れば、妻と正常位な私は逆にあてはまるかもね。
つまり、普遍的な「変人」ってのはいなくて、「変人」とは統計的な偏差で決まる、相対的な概念であったのだ。
あまりブログしていないのですが、一応ゲストブックだけ仕立てておきます。お立ちよりの方は、よろしければ一言お願いします。