知り合いの絵描きさん(と呼ばれる事自体が彼には不満かもしれない)がblogで
>でもここんとこぜんっぜんかいて、ない。
>記号をならべてるだけという気がしてね。
と言ってました。
私は絵を描きませんがどういう感じなのでしょうかね。artistのいう事は難しい。
休暇中で暇なので、technologistとしての私がそのままヨタ話します。
1.消極的なencodeは発生してしまう
人間をシンプルにすると入口と出口のある液体を溜める容れ物になります。排泄含めて「内面(=液体)を出す」時が文とか絵とか音楽等な分けですが、それはどうしても出口を通す時に形状が変わってきます。人生経験で出口は整形されて(癖もついて)くるので、出る物が記号(≒パターン)化されてくるのは成熟といえます。
2.積極的なencodeをしないと表現できない
また、記号は便利なようでも、内面をそのままには表現できません。
今日のような暑い日に僕の心をそのまま表現したら「ヴァー」のような音に似た呻き声になってしまう。そしてそれですら心と等しくはならないでしょう。情報の受けてを想定して記号化させたら(「すっげー暑いっす。」とencodeした段階で)変化してしまう。相手に「伝わった」という事は、元の内面は「伝わらなかった」事と等しい。
3.内宇宙の開放は破滅と等しい
溜まってた時と出た物は本質は同じでも記号化される分違ってくるという事実は、内面の表現にこだわる人にはかんに触るのでしょう。中身をそのまま外に出す方法は、出口を通さずに容れ物をそのまま叩き壊す事、容器をぶったたいて中身をぶちまけて開放してしまえば良いのですが、人間は陶器ではないのでそんなことしたら人格破壊してしまいます。古来artistに奇人が多いとか自殺が多いというのはこの為です。
4.aritistの表現、technologistの表現
僕らは、胎児の頃、皮膚とかで外界との区切りができて存在になった時から内面を抱えている。内面は外界に出せないから内面なはずなのですが、古来からartistはその矛盾に取り組んでいる。偉いなぁ。
technologistなら事物を客観視する事で矛盾を回避できるのだけど、artistは自我に囚われる為、自分の存在という矛盾と戦い、確かめる為に表現し続ける。けれど、死ぬ(存在がなくなる)まで満足はできないのでしょうね。途中で満足できる方法を獲得できたという事はその人は、既にartistではなくtechnologistなのでしょう。
5.痕跡から本質を想像させる技術
よく出来たartistの成果物はストレートに内面をencodeする事を放棄して、受け手に痕跡を見出させる事に比重がおかれている。絵でも焼き物でも彼らの内面宇宙その物ではないのですが、「記号化された、元々の彼らの内面を推し量れる物」になっている。それは、見えない星を周辺の時空のゆがみから逆説的に存在を証明するのとどこか似ている。
osafさん、scienceはartに学ぶ、artはscienceの方法論に頼る。実はこの方法しかないと思うのですよ。
記号による表現した対象ではなく、記号をそのまま楽しむ本としてこんなんは面白いと思いました。technologistの手法を使いながら、逆説的にartistなんだと思います。
- 松田 行正
- ZERRO