今は資格を返還しましたが、この前まで僧侶でした。
覚えている教えで1番衝撃だったのは
子供にとても、愛情を注ぎ大切にしてきた母親が、死後地獄で苦しんでいた、というお話。
旅人が水を欲しがった時に「これは大切な子供のものだから」と一口も分け与えなかった。それが罪だというのです。
差別になるのだとか
そして母親の子供を思う愛情は執着なんだって
差別、、、執着、、?
私は仕事上、慈悲を大切にしたくて学ぼうとしましたが、途中で諦めました。
生きていく限り無理だと思ったからです。
ゴキブリ🪳と自分の子供の命を同等に扱える事。それが仏教でいう慈悲なんだって。
概念としては面白いのかもしれないけど綺麗事でしかない。生きていけないやろ。と思いました。
慈悲とは
単なる優しさではない
けど人間である限り、心の底から溢れてくる優しさであったとしても、自分の体調や精神的なコンディションに左右される。向ける相手にもよる。優しさには器があり、器が空っぽになることもある。それは実感としてあります。
だからこそ、自分の優しさを向ける相手を選ぶことも時には必要
そうであったとしても自分が向けた優しさが正確に伝わるかと言えばそうでもなかったりする。
結局相手に向ける優しさなんて自己満足でしかないのかもしれません。そう思えば見返りがなくても納得できるのかなぁ?よくわからない笑
人って思う以上に残酷で自己中心で怖い一面を必ずもっている
人を通じて自分を振り返ります
心が空白になるくらい怖いです