金曜日から帰省、土曜日には、姪っ子達が二人合流しました。
一番の目的は、焼き芋🍠
幼稚園と、小学校でそれぞれお芋掘りがあって、二人とも沢山持って帰ってきて、
「お芋パーティーしたい‼️」って言うから、実家の母に相談して、庭で焼き芋にしました。
ランチは庭で焼き芋パーティー?です。(お芋とお味噌汁、前日の残り物など)
お芋が甘くて、凄く美味しかった。
ふと、なんでドラえもんのしずかちゃんは、焼き芋好きを恥ずかしいと思ってるのかな?←設定だ💦なんて思ったりして、、、、
次の日は、地元の産直でバーベキューをして、
美味しくて有名なソフトクリーム食べて、
同じ敷地内の東屋で「なんでもバスケット」をした。
フルーツバスケット的なヤツ。
姪っ子達は、高校生と、小学5年生。
ウチは小二と年長さんなので、お姉ちゃん達に沢山遊んでもらって大満足。
土日とも秋晴れで気候も良く、空気も澄んでいて、子供達と笑い合っている時、空気がキラキラ✨輝いて見えた、
胸が締め付けられる程の幸福感だった。
そんな楽しい時間を終えて自宅に帰ってくると、
なんとも言えない物悲しい気持ちに、、、。
ノートを開いて、
なんだか悲しい、切ない、寂しい、、、って書いた。
息子は、いとこたちとバイバイした後も、しばらく引きずって泣いていた。
なんでこんな気持ちになるのかな?と思いつつ、
出てこなくて置いておいた。
次の日も息子を幼稚園に連れて行くとママがいいと、30分ほど離れなかった。
離れないのは辛いけど、私にも予定がある。
先生に引き剥がされて、ちょっぴり切ない気持ち
だけど、一人になってホッとする気持ちが混ざり合っていた。
そうか。
息子は、週末本当に楽しかったんだなぁ。
心地よさで、満たされいたんだな。
私もそうだった。
安心感と喜びで満たされていた。
それが終わった気がして喪失感に胸が占領されたんだな。
そして、それは悪ではなくて、ただその状態だということ。
それほどまでに、あの時が幸福だったってことなんだな。
無くしたくなるような切なさが苦しかったけど、
でも、それさえも波の一部で
幸せだった。
はー。やっぱりなーんにも克服することなんてないな。
あまりにも幸せだと、その対比として喪失感をかんじるのかしら?
でもそれさえも、
心が震える=幸せ
なんだな。
それに気がついた瞬間、安心感が広がった。
こんなにも安心感と、温かさで満たされた時間があった。
それは確かにあって無くなってはいない。
寂しくなるくらい、幸福感で満たされたんだな。
そんな気持ちと寄り添った。
悲しさや切なさもなくしてしまわなくていい。
それらも抱きとめて幸せであっていいんだな。
そう思うと、私の中に温かさが広がった。