久しぶりに更新します。

最近勉強をしていて色々なことを考える。
エジソンの話だったと思うのだが、
面白い話がある。
エジソンは発明家であるが、実際に一つの発明品を完成させるまで、一万回単位で実験に失敗したりしていたらしい。
それを記者がエジソンに尋ねると
エジソンは「失敗ではない。うまくいかないやり方がわかっただけだ」と言ったらしい。(この話自体どこで聞いたかも忘れた話なので内容は定かではないが。たしか小学生の時だった気がする)

勉強していて、ふと、この話を思い出した。
勉強というのは試行錯誤の繰り返しだと思う。
自分にあったやり方とか、確実に成績が上がるやり方とか、完璧なものはきっとないんだと思う。
例えば模試などで、勉強したけどうまく成績が伸びなかったという事があった場合、このエジソンの話を思い出してほしい。
きっと今までのやり方ではいけない、それがわかった。と考え方を工夫するだけでマイナスからプラスに転じることができる。

勉強して、失敗するということはない。
やったことは、必ず自分の血肉になって、ベクトルはプラスを向いているはずである。

そんなことをつらつら考えながら
今日も勉強することにします。
試験は七月、まだまだやれることは残っている。
最後まで諦めないで頑張りたい。






一週間ほど間が空いてしまった。
ちょっとバイトのほうが年末忙しくなったために更新する余裕がなかったためだ。


バイト先の店長の話。
この人はもともと教員を目指していた人なのだが、今はとある飲食店の店長をしている。

実にわがままで頭のいい人である。

教育に関しても他にはないものを持っている、と他の店長から聞いたことがある。
また、自分もそう思う。

ポイントは、「能力を伸ばすためには、実力の少し上を要求する」ことである。

これは学校や塾などでも一緒だ。

一たす一を百回繰り返したところで能力は伸びない。

できないことをできるようにすることが、能力を伸ばす秘訣だ。

しかし「できないこと」を「できるようにする」ということは人間にとってストレスを感じる作業だ。

教える対象が子供ならなおさらである。

だからこそ、指導者はそこを徹底する。

バイト先ではいつも怒られているばかりだが、自分の能力は常に伸びていると感じる。

まだ始めてから8ヶ月未満だが、だいぶ動けるようになってきた。

店長は嫌いだが、教育の仕方はたしかに理にかなっている。

今日したかった話はこんな感じで。


今日は学校の先生の話。

これは、自分がバイトをした先の塾長と店長から学んだこと。

誰かの教育をするとき、誰かにした指導を、他のだれかが見ている。

だからどんなに小さなことでも誰かにした指導は
他のだれかにとっての「判例」になる。

□□くんには怒ったのに〇〇ちゃんにはあんまり怒らない。

ということが起こると
先生は威厳を失う、らしい。

このラインを越えたら絶対に許さない。

その位置付けが厳しくなされている先生はいいらしい。

同じような話を最近教育関係の本で読んだ。

塾長も店長も厳しい人だった。
自分もブレない先生でありたい。


今日話したかったのはこんな話でした。